数年前まで、私はアメリカに居住し、長年、ペンシルベニア州イーストン(ニューヨーク・マンハッタンから車で1時間半程度)にキャンパスを構えるラフィエット大学で教鞭を執っていました。今回は、当時の面白いエピソードをお話したいと思います。
今回、ご紹介するお話は、大学の教授会のパーティーでの出来事。アメリカの大学では、定期的に教授会が行われますが、その一方で、一学期に数回ほど、教授の研究発表を兼ねたパーティーが開催されます。
パーティーに出席したある日の晩、私は、会場でワインを飲みながら他の同僚たちと懇談を楽しんでいました。そうした中、ある教授(白人の女性教授)が、時間に遅れてパーティーに登場。そこで彼女が最初にとった行動は、何と、私が飲んでいたワイングラスに注目し、「喉が渇いているので、このワインをいただいても宜しいでしょうか?」という私に対する質問でした。無論、お断りする理由はありませんので、「いいですよ!」と答え、彼女は早速、私のワインを美味しそうに飲みました。
これを、「彼女は、単に喉が渇いているからそう言っただけのこと」と捉えれば、この話はこれで終わりです。しかし、実際、全米でトップレベルの研究者が集まるそのパーティーの席上で、他の研究者が見ている目の前で彼女がこのような行動をとるには、それなりの理由があります。
彼女は<多数派民族に属する白人系の女性教授>、私は<少数派民族に属するアジア系の男性教授>。アメリカは多民族国家で、ありとあらゆる人種、民族、文化、価値観、宗教などが入り混じった複合社会。その複合社会において自分の専門分野を武器としてダイナミックに生き抜いていくには、それなりの「勇気」と「知恵」が必要となります。
パーティー会場で、白人の女性教授がアジア系の男性教授が口にしたワインを直接飲むという行為は、善意的に解釈するならば、彼女における”私に対する友情の印”と捉えることができます。
しかし、一方では、これとは全く異なる捉え方をすることもできます。即ち、この行為は、「彼女自身、自分は白人であるが、人種の違うアジア人教授とオープンでヒューマンな付き合い方をしている」という、一種のデモンストレーション。人種差別が蔓延るアメリカ社会では、人種差別問題に敏感な人々においては、時には、「自分は人種差別主義者ではない。私は、どのような人種とも、平等にコミュニケーションを図る正しい人間である」ということを周囲に悟らせるために、人前で、派手にデモンストレーションをすることがあります。彼女は、このデモンストレーションを堂々と他の同僚たちの面前で行い、それを”自分の存在”を大きくアピールするための「絶好の見せ場」としたのです。
このシーンをどう捉えるかは、実際は、個人によって相当の差があるでしょう。世の中には、大きく分けて、二つのタイプの人間がいます。一つは、1)「見えるものだけを見る人」、そして、もう一つは、2)「見えるものだけでなく、その背景をも視野に入れてものを見る人」。
「絶好の見せ場をつくる」という考え方は、アメリカ人に限ったことではありません。世界中のトップリーダーは皆、その技に長けています。そして、この日本でも、政治の世界では、政権交代のこの時期において、タイミングをしっかりと見極め、「絶好の見せ場」をつくり、”役者顔負け”の大パフォーマンスも行われるでしょう。
無論、ビジネス社会においても、来る日も来る日も、全く同じことが行われます。
できるビジネスパーソンは、言うなれば、「”見せ場”をつくる達人」です。ビジネスは、取引する企業同士で、いかなるムードで、どのようにやり取りが行われるのかが重要ポイント。できるビジネスパーソンは皆、上手に見せ場をつくり、ビジネスをスムーズに進めるための器量を備えています。
「見せ場をつくる」という考え方、この響きには、少し、”ずるい臭い”がするのも真実です。しかし、妥当な状態で、より良いビジネスを遂行していくには、やはり、巧みに見せ場をつくり、相手にじっくりと見てもらい、(望ましいものとして)感じてもらうことが必要不可欠です。
この「見せ場をつくる」という考え方。結局のところ、これは、必要不可欠なビジネスマインドなのだと考えます。
生井利幸なまいとしゆき
生井利幸事務所代表
「ビジネス力」は、決して仕事における業務処理能力のみを指すわけではありません。ビジネス力は、”自己表現力”であり、”人間関係力”そのものです。いい結果を出すビジネスパーソンになるためには、「自分自身を…
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