久しぶりの全身姿に、私は涙が出そうになるくらい感動しました。怪我をする前には何でもないことなのに、一ヶ月間天井ばかり見ていた私には心から嬉しく思えました。長かった・・・本当にこの一ヶ月は長かった。
看護婦に食事を食べさせてもらい、午後になると看護婦が数人やってきました。
「濱宮くん、お風呂よぉ」 そういいながらお風呂用のストレッチャーを押してきました。
「いっ いいですよぉ 入りたくない」 さっき外した金具の後が、痛々しいので断りましたが、そう甘いものではありません。
治療の一環でしょうか、ドクターの指示が出ていると、有無を言わせません。「もう、入って平気なんだから、入らなきゃダメよぉ」 と看護婦。 (ちぇっ!さっきまで絶対安静だったのにぃ)私は渋々と従いました。
看護婦が3人がかりで、私を抱きかかえます。と言っても、首はスポンジのコルセットのようなもので固定し、まっすぐ寝ている私をそのまま三人で抱きかかえるのです。三人の看護婦がベッドと私の背中の間に両手を入れます。一人は私の肩甲骨辺りに両手を入れ胸から上を、もう一人は背中からお尻に両手を入れ腰部を、そして、最後の一人が膝の後ろに両手を入れ下半身を抱えます。
私は、まっすぐの間々です。そして、そのまま、持ち上げられると私は一本の丸太のように三人に抱えあげられるのです。三人で一声に掛け声をかけます。「せぇっ~のぉっ! ヨイショ!」 そして、ゆっくりとストレッチャーに寝かされます。「見かけより重いのねぇ。運動してたから骨が大きいんだね、きっと。
さて、行きましょ!」そういうと、二人の看護婦がゆっくりとストレッチャーを風呂場へと押し始めました。「一ヶ月ぶりでしょ!気持ちいいわよぉ」 と看護婦は話します。(だっ!だから! 傷口が塞がっていないっていうのにぃ・・・)
初めての入院で、寝たきりのままで、どのように入浴するのか不思議でした。すごいんですね。寝たまま、入浴が出来るのです。簡単に言うと、金属の棺おけのようなものです。そこに入れられ二人がかりで、洗われるのです。私は往生際悪く、「だから、傷口が・・・」 と訴えていました。年配の助手さんが自分の子供より年下の私に「あらぁ、この子はお風呂を嫌がって・・皆入りたがるのにねぇ」 と言っていました。 (だっだから、傷口が・・・)
金属の棺おけにはお湯が入っていました。看護婦が手を入れて「これなら熱くないわ。と湯加減を見てくれます。」 私を乗せたストレッチャーは床部分だけスライドし、ゆっくりと湯船へと降りて行きます。その時、今までに経験した事のない、驚きの体験をしました。お湯に足が浸かっても、何も感じないのです。当たり前です。マヒをしているのですから。
確かにお湯には足が浸かっています。妙に変な感じです。足は目の前でお湯に浸かっているのですが、温かさも感じず、プカプカと浮いてくるのです。それはまるで、意志を持たない人形のようです。足を静めしようとしても、自分の意志ではどうしようもなく、プカプカと漂います。ストレッチャーはさらに下がり、私の身体は寝たまま湯船に沈んで行きます。
「足、膝、腰・・・」 どこも温かさは感じません。それより、すべてプカプカと浮いてしまいます。胸の部分にお湯が来て、やっと以前の感覚が甦ります。人間の身体というものは不思議なものですね。目で覚えている身体の感覚と身体で感じていた直接的な感覚。つまり、今までの感覚は、「触られているなどを目と身体の感覚」で覚えている。
それと、「目をつぶり直接触られる」で覚えている。視覚と触覚、触覚のみがあるのですね。だから、今までは、足先が湯船に入れば温かさを感じ、それが当たり前になっていた感覚が、今では肩まで来ないと温かさを感じない。このギャップが奇妙なんですよ。足を切断した人が「切断して無いはずの足の水虫が痒い!」というのにも驚きますが、きっと脳が覚えているのでしょうね。
入浴も無事に済み、傷口が痛くならぬよう、なんとか洗髪してもらえました。 さて、リハビリ開始です。いよいよこれから本格的な訓練が始まります。(よぉ~し!頑張るぞぉ~)という自分と、(こんな身体じゃ何も出来ないよ。もう人間じゃない!)という二人が私の中で錯綜します。今、未知への扉が開かれ始めました。
さっそく、夕食から訓練開始です。看護婦によりベッドの背もたれがあげられます。「大丈夫ぅ~?」 いつものように看護婦が訊きながら背もたれがあげられます。
「うわぁぁ~ 待って!ちょちょっと待って!」 私は叫びました。
つづく
濱宮郷詞はまみやさとし
コラムニスト
「何故、自分だけが、寝たきりに・・・」 毎日、死ぬ事ばかり考えていた。 そんな時、あなたと出逢い、あなたがそばに来てくれた時、生きる事に決めたんだ。 あなたが与えてくれた命。目の前には「無限の可能…
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