「あるねぇ。降りてきてるよ。」そう言って肛門から便を掻きだします。便が出きっているか確認し、残っていれば指で掻きだしてあげるのです。残便は失禁のもと。もよおした時や下痢の時は勝手に出てきますが、頚椎を損傷すると便秘気味になります。便は定期的に出したほうが良いようで、2~3日おきに強制的に排便をします。排便には最低でも1時間くらいの時間がかかり、結構疲れました。また、腹筋背筋が麻痺している為、力む事が出来ません。頭の中では今までと同じように力むのですが、身体は反応してくれません。なので、もう一人の看護婦がお腹を押してくれるのです。「そぇ~の」指で掻きだすと共にお腹を押すのです。いわゆる、人為的「力んでいる状態」にしている訳です。「あ~ぁ出た出た」看護婦も大量に出るとやりがいがあるようです。
排便も終わり、いよいよ訓練室へ行く時間です。尿瓶を外し、集尿器を取り付けます。ペニスにコンドームを付け、その先に取り付けるのです。(こんなの付けているなんて、人間じゃないや・・・)心の中で呟きます。複雑な思いが頭の中で錯綜します。そんな私の心の呟きにも気づかず看護婦は淡々と作業を進めます。パンツを穿かせてくれ、トレーニングウェアを身に付け、さぁ出発です。首にはコルセットのようなものを取り付けています。「さぁ、行こう、頑張ってね」そう言うと看護婦はベッドのストッパーを解除し、部屋からベッドを出し始めます。ベッドに私を乗せたままのの移動です。
久しぶりに景色が移動します。一ヶ月ぶりです。歩く人、壁、天井、すべての景色が懐かしいものです。(あぁ~俺、生きてるんだなぁ)私は束の間の時間にそんな生きている喜びを感じていました。ベッドはエントランスに着き、私達はエレベータを待ちます。大勢の人の中ではベッドは目立ち、皆に珍しい物を見られているようでとても不快です。(早く・・この場を去りたいな)扉は開き中に入りました。看護婦が色々と話しかけてくれます。1Fに着き、訓練室へと運ばれます。「ここだよぉ」看護婦はそういうとひとつの部屋へと導きました。
(うっ!うわぁぁ~!なっなんだぁ!この部屋は!)不気味です。異様です。周りを見渡すと腕が半分から切断されている人、足の無い人、頭が半分無い人、よだれを流している人。今までに見たことのない光景です。(なっなんだこの部屋は!化け物屋敷かぁ!)失礼な話です。しかし、見たことの無い光景に驚きと動揺抑えきれません。私にとっては、父が倒れ運ばれた時に病院の廊下で待っていた時、運ばれてきた目が飛び出た女性以来の驚愕の光景でした。
「Y先生いますか?」看護婦は慣れたもので平然と辺りを見回し担当の理学療法士を探します。そうです、ここはPT室、理学療法室です。怪我や病気で障害を持ってしまった人のリハビリの訓練室です。(俺もこんな人間に見られるのかよぉ)周囲の人たちより重度な障害を持っている自分を棚に上げ、障害者への偏見です。でも、それも仕方ありません。見たことのない世界ですから。
私は、小学生の時、特別学級に遊びに行きました。障害を持っている児童の学級です。そこに遊びに行っては鼻水やよだれを垂らしている子供達の世話をするのが好きでした。でも、やはり、違うのですね。自分がその仲間になってしまうという事は。心の狭さを感じます。いや、「心が狭い」それだけでしょうか。その時の私は、腕や足、身体の一部が無い人間を見慣れていないので、その事に違和感を感じていたのかも知れません。幼少の頃、平塚の七夕に戦争で手足を無くした方が路上で土下座をし、お金をもらっている姿が妙に怖かったのです。いつも見慣れた人間の身体では無い事に恐怖を感じていたのだと思います。そして、自分も人からそのように怖がられて見られてしまうのか、という気持ちだったのだと思います。(もう、人間じゃないや・・・)心の貧しい私のひとり言です。でも、そう思う私は本当に「貧しい心」なのでしょうか。
つづく
濱宮郷詞はまみやさとし
コラムニスト
「何故、自分だけが、寝たきりに・・・」 毎日、死ぬ事ばかり考えていた。 そんな時、あなたと出逢い、あなたがそばに来てくれた時、生きる事に決めたんだ。 あなたが与えてくれた命。目の前には「無限の可能…
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