今年2月に、インド北部パキスタンとの国境地域カシミールでイスラム過激派組織ジェイシ・モハメドが、インド国境治安部隊のバスを襲撃し、40名以上の隊員が殺害された事件。インド側は報復措置としてパキスタン領内の過激派の拠点を爆撃。パキスタン空軍は越境攻撃を仕掛けたインド戦闘機を撃墜し、両国の空中戦が拡大。地上からの砲撃は、国境周辺に暮らす市民に飛び火し、多数の犠牲者を出しました。インドのモディー首相とパキスタンのイムラン・カーン首相は国内の強硬派を押さえ込みながら両国の融和外交を展開。パキスタンの戦闘機に撃墜されたインド空軍のパイロットをインドへ送還し、さらに両国を結ぶ友好の国際列車を稼働させるなど、かつての印パ戦争とは一線を画す交渉力を見せつけました。
インドとパキスタンは1998年に核実験を実施。両国ともに100発以上の核弾頭を保有しており、カシミールを巡る衝突がステージを変えた戦いにシフトする懸念が世界を駆け巡りました。モディー首相はヒンドゥー至上主義、パキスタンのイムラン・カーン首相はパキスタン軍の支援を受けて首相就任という背景があり、カシミールでの衝突は両国が戦争を辞さない強硬姿勢を強めると想定されました。それでも戦闘を一時的に小康状態に落とし込めたのは、両国の交渉窓口の選択肢が広がりを見せている証明といえます。もともとインド・パキスタンはイギリスの植民地政策から1947年に独立。国境問題の火種となっているカシミール地方は、この土地を統治していたインドの藩王がヒンドゥー教徒、大多数の住民がイスラム教徒であった背景があり、インド独立の流れで藩王はインド側に帰属することを決断。多数派であるイスラム教徒のパキスタン帰属を反故にする政治判断を下しました。結果、イスラム教徒支援のため軍事介入に踏み切ったパキスタンによるカシミール制圧が強まるとインド側も自国領内への越境攻撃として軍事攻撃。第一次印パ戦争が勃発。1971年まで3次にわたる印パ戦争が続きました。
このカシミールには中国の領土も絡み合っており、インドと中国の衝突が拡大した経緯もあります。当時の独立機運の高揚は、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒による大規模衝突を引き起こし、イスラム国家であるパキスタンとバングラデシュの独立に結びつきました。今回のカシミールでの衝突は周辺国一帯で宗教、経済、民族、地政学が絡み合い、外交交渉によって戦争は回避できると立証した事件であります。今後も、カシミール情勢に注視を続けていきます。
渡部陽一わたなべよういち
戦場カメラマン
1972年9月1日、静岡県富士市生まれ。静岡県立富士高等学校 明治学院大学法学部卒業。戦争の悲劇とそこで生活する民の生きた声を体験し、世界の人々に伝えるジャーナリスト。 世界情勢の流れのその瞬間に現場…
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