秋葉原を中心に話題が話題を呼び、昨年から数々のメディアに登場する「らーめん缶」。有名ラーメン店『麺屋 武蔵』の店主・山田雄氏(以下、山田店主)がプロデュースしたことでも注目度が増していますが、この商品が実は、”地球”にも、”健康”にも優しい「隠れたエコ商品」だということをご存知でしょうか。
今回の村田佳壽子の対談相手は、山田店主と共に「らーめん缶」の開発に奔走し、営業販売を担当する株式会社UMAIの山崎猛司社長。現在、多くの企業が直面する課題「経済活動と環境対策の両立」に対する成功事例として、商品誕生秘話、開発の苦労、発想転換のヒント、食品業界が環境にできることなど、自由闊達なご活動の原動力をさぐりました。
【対談のお相手】
山崎 猛司(株式会社UMAI (うまい) 代表取締役)
1998年、大阪市立中央高等学校卒業。勤務していたギフト商品開発会社や広告企画 ・制作会社で得た知識と人脈を活かし、独自のアイデアを次々と形にしている。2005年に麺屋武蔵・山田店主と出会い、後のヒット商品「らーめん缶」の開発を始める。翌年には株式会社UMAIを設立。代表取締役に就任するも、最前線に 立って全国を飛び回る日々が続いている。
株式会社UMAIのホームページ
■らーめん缶誕生のきっかけは、被災者の笑顔
村田: いまや、アキバ(秋葉原)名物にもなっているらーめん缶ですが、作ろうと思われたきっかけは何だったのですか?
山崎: 『麺屋 武蔵』の山田店主と一緒に開発させて頂いたのですが、2004年に新潟県中越地震が起きたときに、山田店主が現地へラーメン作りのボランティアに行ったんです。『武蔵』のスタッフと一緒に400食分のラーメンを被災者の方々へ提供したのですが、その時に被災者の方々がものすごく喜んでくださったそうです。それはもう、普段お店で見るお客様の笑顔とは違う、泣きそうなくらいの喜びの表情を目の当たりにして、「ラーメンは国民食なのに、なぜ非常食が無いんだろう?」と真剣に思ったそうなんです。そこで、知人でもあった私に「作れないか?」と、お声がけいただいたことでご一緒させていただくことになりました。
村田: なるほど、非常食という観点から始まったんですね。
山崎: 私自身も、阪神大震災(1995年)を体験したのでよくわかるのですが、被災地で一番困るのは水の確保です。次に食べ物。なのに、それまでの非常食は乾燥していて、食べると水分が欲しくなるものばかりでした。一般に、ラーメンは塩味が強くて、のどが渇く食べ物ですが、「らーめん缶」は限りなく塩味を下げて、かつ水分補給もできるものを提供しようと開発に臨みました。
村田: 1食で栄養も水分も両方補給できるもの、ということですね。しかし当時は前例がなく、開発にはかなり苦労されたのではないですか?
山崎: そうですね、特に麺の開発には苦労しました。当初、山田店主は小麦麺にこだわっていましたから、なかなか”伸びない麺”が作れずに苦労しました。やはり小麦麺ですと、時間が経つと、麺がスープを吸収してしまい、溶けてしまうんです。試作を重ねて、時間が経ってもスープに溶けない麺までは作れたのですが、口の中に入れると、やっぱり食感は”伸びた麺”なんです(笑)。これはもう仕方ないと切り替えて、もともとアイディアの中にあった「こんにゃく麺」へスイッチしました。それでも、なんとか小麦麺に近づけようと、山田店主監修のもと、米粉を混ぜるなど、いろいろな試行錯誤を続けました。あとは、同じ理由で中に入れる具も限られてきますから、具材選びもけっこう大変でした。
村田: 実際、私も頂いたのですが、本当にこんにゃくとは思えないくらい、見た目も味もしっかりとした「ラーメン」ですよね。とても美味しかったです。それから、パッケージに表示されているカロリー表を見てビックリしたのですが、1缶あたり約50kcal(※)!これなら、「ダイエットの敵」とも言われるラーメンを心おきなく味わえますね。(※=味によって異なるが、全てが90kcal以下)
山崎: どうもありがとうございます。やはり小麦をこんにゃくにしたのが大きいです。カロリー的にもそうですが、糖尿病対策やダイエット予防に、「食前ラーメン」としてもお薦めしています。ちょうどこれくらいの量を食べると満腹感があるうえに、こんにゃく麺は血糖値の上昇も比較的ゆるやかにしてくれるんです。
村田: それはいいですね。市販されているダイエット食品は甘いものが多いのですが、「食べたな」と満腹感を感じるのは塩味ですから、まさにうってつけです。しかも、味の種類も豊富だから毎日食べても飽きない(笑)。非常食としての新境地を開いただけでなく、ダイエット食としても注目の商品ですね。
■缶はリサイクル界の優等生
村田: 缶でパッケージングしたのは、やはり長期保存を考えてのことですか?
山崎: はい。もともとは非常食ですから、第一に常温で長く保存できるパッケージが必要でした。缶は密閉率が高いので3年間はもちます。一般的なプラスチックですと、早いもので1週間、長くてもおよそ1年間程度ですから。さらに、長期保存が可能となれば、消費期限が長いのでゴミになりにくいという利点があります。
村田:環境問題の観点から見ても、缶のリサイクル率は他の商材に比べて抜群に良いんですよね。いま、巷で盛んに回収を呼びかけているペットボトルに至っては、貴重な石油からできているのにもかかわらずリサイクル率は一向に上がりません。その点、缶はリサイクルの優等生ですよね。
山崎: 缶を形成している鉄自体が、地球上に比較的、豊かにある鉱物ですから、資源の観点から見ても缶は優れた材料だなと思います。やはり、ゴミが出るということは、企業にとって”損失”以外の何物でもありませんから。
村田: ゴミではなく”資源”と考えていらっしゃるんですね。ちなみに、コスト的にはどうでしょう?
山崎: 通常のプラスチック商材と比べると、まだ3倍ほど高くなります。ただ今後、相対的に売り上げが上がれば、需要と供給の関係上、価格を下げることもできます。今すぐには無理ですが、いずれは、市販のカップ麺と同じくらいの価格帯で皆様にご提供できれば、と考えています。
■「賞味期限」の功罪
村田: 長期保存といえば、ここのところ立て続けに、賞味・消費期限の偽装表示問題が社会を大きく揺るがしました。実際問題として、消費者が食品を選ぶとき、消費期限までは時間があるけれど、賞味期限が切れてしまった商品は買わないと聞いています。現在、市販されている食品は、買ってきてからすぐに食べることを前提に生産されているため、賞味期限までのサイクルが短い。だから売れ残りが多いものの、メーカー側は廃棄するのはもったいない。それで「つい…」、ということが、あのような大事件になってしまったと思います
山崎: ただ、生産側の論理としては、賞味期限があるおかげで安定的に生産スケジュールが組めるメリットがある、と言えるでしょうね。賞味期限が無い時代は、商品が売り切れないと発注が来ませんでしたから、製造の段階で賞味期限を表示すれば工場の稼働率は良いですよね。ただ、それを理由に消費者を裏切るのは本末転倒ですが。
村田: なるほど。ただ、個人的には消費期限は必要ですが、賞味期限は廃止すべきだと思っています。そもそも消費期限(品質保持期限)はありましたが、賞味期限は後から出てきました。賞味期限、つまり「美味しく食べられる期限」なんて個人差があると思うんです(笑)。期限が切れた後でも美味しいと感じる人はいるかもしれない。ですから消費期限だけで十分だと思うんですけどね。
山崎: 僕が子供の時なんかは、食べ物の臭いをかいで、食べられるか食べられないかぐらいの判断できていましたよね。日本は食料自給率が低いにもかかわらず、今後も相変わらず売れ残りや食べ残しのゴミばかり出しいては、海外から食材が入ってこなくなるのでは、という危機感を感じます。
■”日陰の食材”が陽の目を見る時代に
村田: らーめん缶の麺を作っている「こんにゃく」ですが、主にどこの産地のものを使っているのですか?
山崎: 群馬県産です。国産品を守るための税制の関係上、中国産も単価で見ると値が変わらないんです。それに国産はやはり質が良いですから。こんにゃくは栽培が大変で、農家の方々は3年から5年越しで育ててらっしゃるんですよね。今後、世界的にも健康志向が進みますから、低カロリーで繊維質が豊富なこんにゃくは、ますます注目されていく食材だと思います。
村田: 実は私の母が群馬県人で、私にとってもふるさとなので、 非常に誇らしいです(笑)。
山崎: 注目されない食材といえば、「おから」も今後注目です。私どもは、おからを粉末状にする機械を生産している徳島の工場と提携しています。こんにゃく麺も、その工場の機械が粉末にしたものを使っています。おからは、豆腐の製造工程で必ず出てくるものですが、今の法律上「産業廃棄物」扱いなんです。
村田: そうなんですよね。産廃はお金を払って捨てないといけませんから、お豆腐屋さんは大変な負担です。せめて家畜の飼料にでも二次利用できればいいのですが、現行の法律上はそれも認められない。毎日、大量に廃棄するしかない現状に、「おからを食品として認めてもらえないだろうか」という嘆きの声を聞いたことがあります。
山崎: おからは、機械から60度くらいの温度で出てくるので、腐敗するのが非常に早いんです。夏場なら2時間くらいですぐ腐ってしまうから、家畜に食べさせて何かあっては大変です。その徳島の工場の機械は、出てきたその場ですぐにおからを乾燥して粉末にするので腐らせる暇が無い。しかも低温で乾燥させるので繊維質も壊れない。粉末にされたおからは、クッキーになったりソーセージや、お好み焼きの粉などに生まれ変わります。そこの工場の機械は、おからのほかに、茶殻や野菜の窄汁カスなども粉末にしています。
村田: ほんの数年後には、世界的な食糧危機が訪れるという予測も出されていますから、おからや茶殻など、今まで捨てるしかなかったものをどう生かしていくかという発想の転換が必要ですね。今までは環境に負担をかけて利益を上げる企業が主流でしたが、今後は環境に良いことをして利益を伸ばす企業が増えてくるような世の中にするべきだと思います。そのためには、作り手だけではなく、売り手と買い手の判断も求められてきます。
■食から環境は変えられる
村田: 個人として環境問題についてお考えになるのはどんなときですか?
山崎: やはり職業柄、全国各地の生産現場を訪れることが多いのですが、温暖化の影響は直に感じますね。例えば、以前は採れていた地域なのに、「あの魚が採れなくなった」とか、「この野菜が採れなくなった」という声を数多く聞きます。その一方で、世の中に出た食品が当たり前のように廃棄される光景を目の当たりにすると、食材がどんどん細ぼってくる危機感を感じずにはいられません。今ある資源を、今後どうやって食していくのかに興味がありますし、缶詰だけでなく、いろんな保存方法を模索していくべきだと感じています。私は食から環境を変えられると思っていますので、そういう姿勢で今後も商品開発をしていこうと思っています。
村田: 最近、競合他社も出てきているようですが、環境面から見て良いビジネスモデルを、多数の企業が切磋琢磨して競争するのはいいですよね。そう考えると、らーめん缶は、新たな市場を作り出したということですよね。
山崎: どうもありがとうございます。我々も現状に満足せず、らーめん缶の味を進化させています。使用する油も動物性から植物性に変えたり、製造過程において極力ゴミが出ない工夫をしたり、なるべく環境に配慮するようにしています。それから缶詰食品は、ここ10数年間、ずっと低迷業界でした。ですから、らーめん缶を機に復活してくれれば嬉しいですね。
村田: まさにCSRのトップランナーですね。今後も、良いモデルとして、他の企業をリードして頂きたいと思います。本日はどうもありがとうございました。(了)
村田佳壽子むらたかずこ
環境ジャーナリスト
桜美林大学大学院修士課程修了。元文化放送専属アナウンサー。1989年環境ジャーナリストの活動開始。現在、明治大学環境法センター客員研究員、ISO14000認証登録判定委員、環境アセスメント学会評議員、…