最近、PTA向けの講演などでお父さんの参加者が増えてきた。質疑応答の際にも積極的に発言されるが、たいていは「子どもにどう意見していいかわからない」といった内容だ。スマホを使いすぎる、学校の話を全然しない、成績が下がってきた…、そんな子どもを案じて何か聞こうものなら、「別に…」、「ウザイ」、「関係ないでしょ!」という冷めた反応が返ってくる。お父さんたちは困惑され、悩んでいる様子だが、いかんせん短い質疑応答の時間ではこちらの対応にも限界がある。
そこで今回は、私が取材した事例を紹介し、子どもと向き合うためのヒントにしてほしい。
和真君(仮名)は小学4年生のときから進学塾に通い、大学までエスカレーター式の私立中学に入学した。ところが希望に胸をふくらませて入った中学で間もなく挫折を味わう。思うように友達が作れなかったのだ。
彼が育ったのはごくふつうのサラリーマン家庭だが、学校にはエリート層の生徒が多かった。同級生は幼いころからさまざまな習い事をしたり、家庭教師に勉強を習っていたりする。
ちょうど思春期で、周囲の子どもとの差が気になる時期だ。当初は「気にしないようにしよう」と平静を装っていたが、次第に教室の空気が苦痛になった。当時を振り返って、彼は苦い顔をする。
「中学への期待が大きかったぶん、うまくいかない現実に悩みましたよ。成績も下がっちゃうし、まわりのヤツらとの話もうまく噛み合わなくて…」
成績が下降気味になることは、特に苦痛だった。通っていた中学では教師の指導も厳しく、成績によってランク分けがある。定期テストで思うような点数が取れず、下位グループに落ちたことを機に、彼は「別の学校に転校したい」という気持ちを抑えられなくなった。
落ち込む彼の様子に、母親は敏感に反応した。「がんばりなさい」、「あなたはできる」、「負けちゃダメよ」などと毎日のように叱咤激励された。それでも、あれこれと声をかけられるほどかえって気持ちが沈み、イライラも募る。和真君はついに爆発してしまい、母親と大ゲンカになった。
「もう学校をやめたい、公立に転校したいと思うって言ったんですよ。母は見たこともないほどこわい顔をして、なんでそんなこと言うの、いったい何を考えてるの、ってギャーギャーわめく。僕のほうもパニくって、怒鳴り返しちゃったりしました」
二人がにらみ合っているところに、父親が帰宅した。母親はすぐさま父親に事情を説明し、「和真を説得して」と切迫した声を上げた。和真君はてっきり父親からもガンガン説教されると身構えたが、その口から出た言葉はまったく予想外だった。「メシは食ったのか?」、そう父親は言ったのだ。
和真君は耳を疑ったという。緊迫した空気の中で、よりによって「メシ」とはどういうことか仰天した。母親のほうはさらに驚いた様子で、「何言ってるの。今、ご飯どころの話じゃないでしょ! 和真が大変なことになっているのに、真剣に考えて!」と絶叫したという。
ところが、父親は落ち着き払った態度で再び口を開いた。「大変なときだからこそ、まずメシを食おう。人間、腹が減ってるとろくなことを考えない。しっかりメシを食ってから、またゆっくり話し合えばいいんだ」と。
和真君はそのときの心境をこう話す。
「いやマジでビックリしたというか、お父さんすごいって心から思いましたよ。正直、それまではお父さんのことを頼れる人とは思っていなかった。ふつうのサラリーマンだし、僕の受験にも熱心じゃなかったしね。それが、あの一言で空気をガラッと変えちゃった」
ありあわせのもので夕食を取ることになった。母親が台所に立つと、父親が「一緒に作ろう」と言い、和真君も手伝って簡単な食事ができあがった。三人で食卓を囲むころには、なんだか和やかな雰囲気になり、あんなに切迫していた母親の表情もゆるんで見えたという。
お腹がいっぱいになったところで、和真君は自分の悩みを口にした。友達との関係がうまくいかないことや成績が下がっていくこと、自信がなくなりコンプレックスばかり気になると心の内を明かした。
両親はお茶を飲みながら、うんうんと頷いて聞いている。なんとも穏やかな態度に、和真君は自分の悩みがたいしたことないような気になっていった。
「今考えても不思議なんですけど、なんか俺、つまんないことで悩んでたなぁって気持ちになってたんです。エリートの家の子に対して嫉妬があったり、どんな成績かでシビアに見られるのがたまらなくイヤだったんだけど、それで転校したからってなんか解決するのか? って冷静になれたというか。お父さんが言ってたように、人間、腹が減ってるとろくなこと考えない、あれは本当かもしれない。まずメシを食おう、そう言ってくれたお父さんに感謝したい」
彼はそのまま私立中学に通いつづけ、系列の高校に進学した。一時は下降気味だった成績も少しずつ伸び、同級生との差にもこだわらなくなった。学校生活が落ち着いただけでなく、もっと大きな収穫は父親への尊敬の念が持てたことだ。
「ふつうのサラリーマン」と思っていた父親の懐の深さに接して、彼は子どもとして素直にうれしかったという。
石川結貴いしかわゆうき
ジャーナリスト
家族・教育問題、青少年のインターネット利用、児童虐待などをテーマに取材。豊富な取材実績と現場感覚をもとに、多数の話題作を発表している。 出版のみならず、専門家コメンテーターとしてのテレビ出演、全国各…
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