ワークライフバランスという言葉をメディアでもよく見かけるようになりました。日本政府の言う、ワークライフバランスは、2007年12月に、総理大臣官邸において開かれた官民トップ会議で決定された「憲章」と「行動指針」で、国家や企業、国民が全体で取り組んでいくべきこれからの重要な方向性を示しています。政府はワークライフバランスを「仕事と生活の調和」と訳しています。
「仕事と生活の調和憲章」では、①就労による経済的自立が可能な社会②健康で豊かな生活のための時間が確保できる社会③多様な働き方・生き方が選択できる社会をうたっています。このような社会を実現するために、官民挙げて、働き方、生活の見直しというそれぞれの役割があるとしています。「仕事と生活の調和推進のための行動指針」では、これらの役割それぞれに、具体的な行動を提示しています。就業率、フリーターの数、男女の育児休業取得率など指標となる項目について目標を設定しています。
個人生活の基本は自立、次にともに助け合う共助、そして公助と考えられます。私は、働き方を変えるには、まずは個人生活、個人の人生設計をどう考えていくかという、基盤を整えることが大切だと思います。仕事と生活、永遠のテーマです。そこで、私は下記のような生活をご提案します。
「簡素な生活 シンプルライフ」
日本には、昔から簡素な生活を恥じない風土があります。お金はないかもしれないが、生活は凛としてという感じ。
簡素な生活を含めて、人生全般にわたっての金言集というものが、昔から数多く伝わっています。その一つが「菜根譚」。
菜根譚(岩波文庫版、今井宇三郎訳注)は、明時代の中国にあって、儒教、道教、仏教の三つを習得した洪自誠なる著者の書です。洪自誠については明史本伝をはじめ諸伝記(明代89種)にその名がないと解説で触れられています。(菜根譚は、著者がだれであるかというよりも、何が書かれているかが重要でしょう。)
菜根譚は、前集と後集からなり、前集には、現役時代いかに生きるか、働くかを前提とした金言集であり、後集には現役を退いた後の隠居生活の心持について述べられています。その一部を見てみましょう。
まず、前集一条、「人生に処して、真理を住みかとして守り抜く者は、往々、一時的に不遇で寂しい境遇に陥ることがある。(これに反して)権勢におもねりへつらう者は、一時的には栄達するが、結局は、永遠に寂しくいたましい。達人は常に世俗を越えて真実なるものを見つめ、死後の命に思いを致す。そこで人間としては、むしろ一時的に不遇で寂しい境遇に陥っても真理を守り抜くべきであって、永遠に寂しくいたましい権勢におもねる態度をとるべきではない」と。現在では、当時と違って職業の自由もあれば、移動の自由もあります。自分を信じて職を変わることは広く認められていますので、時代が異なりますし、ここで真理とは何かというとむつかしいですが、「個人的には自分で正しいと考えると、正しいと思えることを守り抜く。その結果不遇であったとしても、それはあくまでも結果である」ということでしょうか。
次に、引退後の生活ですが、後集一条には、「都会を離れた田舎暮らしの楽しみを、こと新しく話すものは、まだ、ほんとうには田舎暮らしのおもむきを会得している者とはかぎらない。また、ことさら名利の話を聞くことをきらう者は、まだ、全くは名利を求める心を忘れ去っている者とは限らない」と。格好だけつけても、人間、すぐに底を見抜かれてしまう、そのため賢者は相手に悟らせないよう振舞うことが肝心ということでしょうか。
「菜根譚」という書名は、「ひとよく菜根を咬みえば、すなわち百事なすべし」という言葉に由来するそうです。かみしめて味わう書になっています。中国で400年ほど前に書かれたものですが、人間と人間の織りなす社会はそんなに変わるものではないように思います。現在の日本でも、菜根譚の内容を十分に理解できますし、金言として日々の営みに資することができると思います。
井戸美枝いどみえ
井戸美枝事務所代表
神戸生まれ。関西大学社会学部卒業。 ファイナンシャルプランナー・社会保険労務士・キャリアカウンセラーとして、相談、講演、執筆活動を行う。複雑なお金にかかわる動きを、かんたんに読み解く経済エッセイストと…
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