今から18年前、TBSで最初の女性スポーツキャスターとなった。その頃の失敗や苦労を挙げたら、枚挙に暇がない。先日、原辰徳さんとお仕事をする機会があり、その際、原さんが「あの頃は野球界も封建的で、『どうして球場に女がいるんだ?』って言う空気があったから、大変だったよね。」と振り返って下さり、有難かった。
各局見渡しても、当時、女性はほとんどいなかった。先輩がいないわけだから、手探りで仕事を覚えていくしかない。「貴女なんかに野球のこと話しても分からないでしょ」と面と向かって言われ、質問にまともに答えてもらえないこともしばしばだった。コミュニケーションが成立しない世界に足を踏み入れてしまったという恐怖心でいっぱいだった。
とにかく、毎日球場に言って練習を眺めた。どこに立っていたら、邪魔にならないのか、いつ話しかければ、答えてもらえるのかわからない。飛んできた球に当たって、足にはあざができた。そんな場所に立っていた私が悪い。バッティングのゲージに向かうベテランに話しかけ、「邪魔だ」と怒鳴られた。審判のように目立たないようにと心に決め、スカートははかない。服はベージュ、やグレーで質素に。ヒールでグラウンドを傷つけないよう、靴はスニーカーで。そんな日々の中である時、気づいた。私たちが選手を見ているようで、実は選手も私たちを観察しているということを。
開幕前、解説者が順位予想をする。下位に予想をされた監督や選手が解説者に腹を立てることがある。それは順位が低いことではなく、その解説者がキャンプ、オープン戦を見に来たかどうかだ。自分たちの練習を見もしないで、どうして戦力分析ができるのか、ということだ。シーズン中、インタビューがある時だけしか球場に来ないキャスターがいる。確かに相手が有名だからと、話をする選手もいるだろう。しかし、そんなに甘いものではない。
取材者がどんな姿勢で臨んでいるかを良く見ている。たとえ無名の新人アナであっても、放送がない日も足繁く球場に通って、じっと自分の練習を見守っている。ある日、「ちょっとグリップの位置、変えましたか?」と彼に尋ねられる。「こいつ、よく見てるな。俺のこと、よく分かってくれてるな。」と選手は思う。ここからやっと、コミュニケーションが始まる。
誰しも自分のことを分かってくれている、知ろうとしてくれる人には心を開くものだ。その間に信頼関係がなければ、自分のことを話そうとは思わないものだ。
だから、人と会う前に私はでき得る限り勉強をする。インターネットがなかった時代は、会社の資料室に行って、スクラップ記事を見たり、その人の書いた本を読んだり。あまり、拝見したことがない方だったら、出演されたビデオを借りる。トークショーなどでは呼吸が大切になってくるので、その人のしゃべりのテンポを掴むためだ。どれだけ勉強しても、し尽くすことはない。すれば、それなりに不安は一掃される。
昨年不惑を迎えたが、まだまだ、発展途上の私に、今年のキャンプ、落合監督へのインタビューの仕事が入った。30分1本勝負だ。落合さんといえば、3度の三冠王、昨年は監督就任初年の優勝。野球の神様と言ってもいい。そして、マスコミのインタビューに応じない理由が皆さんご存知の通り、「もっと、勉強してくれないと、答えられないよ…」 この上ない難関。
直接、お話するのは初めてだった。テレビ局からは当日の沖縄入りを指示されたが、どうしてもキャンプスタートの時間にはぐラウンドにいたかったので、前日入りして備えた。監督の著書も読んだ。そんな中で沸いてきた一番の興味は選手時代の「一匹狼落合」は、実は指導者としてはとてもコミュニケーション能力が高いのではないかということだった。この切り口で押していくことに決めた。
視聴者が興味を持つ一般の会社の上司と部下の関係に置き換えて、昨年の優勝、今年の展望を語ってもらった。インタビュー終了後、「いい酒飲めよ~」と有難い一言。一安心だった。
上手く行くことばかりではない。しかし、相手に信頼してもらえるよう、日頃から地道な努力の積み重ね、その上にコミュニケーションが成り立つ。一般の方のお仕事に当てはめてみても言えることだと思う。明日会う人がどんな人なんだろう?一度会ったことがある職場の先輩に聞いてみよう。「お酒は飲まない。阪神ファン。お嬢さんは学校に入学したばかり」そんな些細な情報でも会話のきっかけには役に立つ。
名刺交換をした人の特徴やその日の会話を名刺に書いておく。それだけでも次回、会うときに役に立つ。貴重な時間を割いてもらった後は必ず、お礼の電話やメールを入れる。そういったことの積み重ねの上に相手も心開いてくれるはずだ。
私も反対に、取材を受ける立場になることがあるが、取材者に自叙伝を読んで来たと言われれば、自ずと嬉しくなり、その勉強熱心さに応えようとはりきって話す。
コミュニケーションの基本は相手を分かろうとする気持ち。
そして、相手にわかってもらおうとする気持ちだ。
木場弘子きばひろこ
フリーキャスター
フリーキャスター/千葉大学客員教授千葉大学教育学部を卒業後、1987年 TBSにアナウンサーとして入社。在局中は同局初の女性スポーツキャスターとして、『筑紫哲也ニュース23』など多数のスポーツ番組を担…
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