あれは9年前、32歳だった私にどうしても避けられない転機が訪れました。
「母の死」です。母はまだ64歳の若さ。覚悟の上での病死……というならまだ理解できます。しかしある日突然、検査入院中に他界してしまったのです。当時の私はまだ離婚の傷も癒えず仕事もフリーとしてスタートしたばかり。月々7万円の家賃を払うのがやっとな状態の中で、一番頼りにしていた肉親がいなくなるとは……。人間の寿命は到底わからないものだと、身を持って知りました。
それからの生活は、寝ても覚めてもただただ泣き崩れる毎日。側に父親がいてくれたことが本当に有難いと思いました。しかしボロボロになっていたのは、むしろ父の体の方でした。父も同じく、病魔におかされていたのです。私の力でどうにか回復して欲しい。父を看病しながら、これからの人生、一体どうなるんだろう……と、ずっしりと荷が重くなるのを感じたものです。
やがて、その日はやってきて、私は30代で両親ともに失うことになりました。さすがに、なぜ自分ばかりこんな目にあわねばならないのかと運命を呪ったものです。親子の絆が一瞬にしてプッツリと途切れてしまったのですから。でも、こうなったら覚悟するしかありません。この逆境が、私を本当の意味で自立させてくれたと今でも感じています。
そう、人生はまだまだこれから。両親の死別から一日も早く立ち直ることが、最後の親孝行でした。そう思い、母が私のために残してくれていた貯金で11万円の格安チケットを購入し、アメリカ3都市とヨーロッパ1都市周遊に出かけて心の傷を何とか癒そうとしました。友人宅を転々泊まりあるくずうずうしい二ヶ月の放浪です。しかし、何も考えずに旅に出たことが、余計に運を引き寄せたのかもしれません。
60日間の無計画な旅で、アメリカで再開した元同期の縁で転職先を紹介されたばかりでなく、ロスで出会った50代の知人からは帰国後の家までお世話いただきました。この先何をやりたいのか、どう生きていきたいのか、わずか二ヶ月間でよくわかりました。自分は多くの人と関わって、執筆活動をして、ドラマなどを作って、誰かの役に立ちたい。失ったものが大きかったぶん、得たものが大きかったのかもしれません。
結婚、離婚、失業からの再出発。私の20代は、とにかく「後悔」と「失敗」に尽きます。もともと石橋を叩き割って横から這い上がってくるような性格。本当の意味で自立したいなら、何も考えずに若さや勢いにまかせるのではなく、また親に頼るのではなく、じっくり立ち止まって考えることも必要だったのです。挫折を経験して、初めてわかりました。
父が亡くなってすぐ。私は思いがけずシングルマザーになりました。一人で出産する決意ができたのは、授かったのが女の子と聞いて、母の生まれ代わりだと思えたからです。「頼る実家がないのによく頑張るね」、「パパがいなくて大変だね」。
私の心境を知らない人は、シングルマザーと聞いてさまざまな励ましの言葉をかけてくれます。でも決して無理をしているわけではありません。周りに支えられて育ててきたのです。人生においての大事件も、どこかで割り切らないと楽しい未来はやってきません。ときにはスパっと諦める。すると幸せはついてくる。今では3歳になった娘が私を支えているのかなという気さえしています。
もちろん、いくら精神的に強くなっていても、心にポッカリ穴があく日だってあるもの。
そんなとき、私は長年の友人である占い師・のぐちこうしん氏のこの言葉に救われてきました。「人生はオセロ。1個1個裏返していくのではなくて、トラップをはめて一気に裏返す。今はあとひとつのところにいる。先も見えている。ただ、その最後の1個までは、ひらすらインプットするしかない」
目からウロコが落ちるようでした。何かを失って心が空っぽになったとき。そこからの吸収力は今までとは違います。本を読んだり、人に会ったり。前に進もうとする手段を模索しているときこそ、あと一歩で願いが叶う瞬間かもしれません。逆境を乗り越えた分、人生のオセロはきっと駒を進めている。そう感じていたいし、いま追い風に乗っていると思えばどこか安心できるものです。
予期せぬ逆境こそ、人生の風向きが追い風に変わるチャンスではないでしょうか? 私は数々の落ち込み転機があったおかげで今はとても幸せな毎日を送っている。そのことに改めて感謝したいと思います。
次回は「人をほめるということ」をお話しします。
末木佐知すえきさち
こどもみらい塾 代表
学習院女子短大卒業後、三菱商事に入社。在職中に人脈を広げ、退社後に一流企業OL500人以上をとりまとめ「丸の内OL研究所」を設立。女性のネットワークを構築する。自らも結婚・離婚・起業・高齢出産、未婚マ…
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