4月6日から一週間、インドに出かけてきた。
パナソニックのインドプロジェクトを取材するためだ。パナソニックはちょうど1年前、インドを重点市場とし、その際、大坪社長はインドで先行している韓国メーカー2社を追い抜くこと宣言した。その際のインド市場の各社の売り上げはLGが2400億円、サムスンが1800億円、パナソニックは400億円。韓国勢に大きく水をあけられているものを3年で売上を5倍の2000億円に引きあげ、そこからさらに韓国2社を突き放そうというのだから、これは並大抵のことではない。
インドに限らず、新興国市場において日本企業は韓国勢に完敗している。実は97年に起きたアジア金融危機前までは日本企業は新興国に根を張っていた。ところが当時、通貨が割高だったタイ、インドネシア、そして韓国が次々とヘッジファンドから空売りを仕掛けられ、通貨が大暴落。国の威信をかけて買い支えるも続かず、IMFの管理下に置かれた。経済的ダメージは大きく、アジア市場から外資が一斉に引き上げた結果、アジアは経済危機に陥り、日本企業も多くが負債を抱え撤退を余儀なくされた。
一方、その時期アメリカではインターネットが民間に開放され、ITブームが始まったばかりだった。マイクロソフトやインテル、アマゾンなど、デジタル化の波に乗った企業の株価が上昇し、米国は好景気を迎えようとしていた。日本企業はITビジネスに乗り遅れまいと、日本や欧米に資源を集中し、付加価値戦略をとろうとしていた。その隙を縫って新興国市場に進出したのがサムスン、LGだった。新興国市場に桁外れの広告宣伝費を投入して知名度を上げ、ウォン安を競争力にして携帯電話を売り込む。半導体と液晶で稼いだ分で、テレビや冷蔵庫など家電を徹底的に安売りする。その方法で急速にシェアを伸ばしていった結果、ベトナム、インドネシア、タイなど多くの国でサムスン、LGがトップブランドとして君臨することになった。そして、この戦略は新興国だけでなく欧米でも展開され、いまや世界ナンバーワンのエレクトロニクス企業になったのだ。
この状況を打破すべくパナソニックは「打倒サムスン」を掲げ、まずその戦いの場をインドに決めた。人口12億人のインドは平均年齢が25歳と若く、現在2億人といわれる中間所得層はますます増加していく。人口も経済規模もいずれ中国を追い越すと言われている大国だ。それまで日本企業にとって新興国と言えば中国だった。もちろん中国は世界最大の市場であり、今後も日本企業にとって重要な国のひとつだ。しかし、エレクトロニクス産業という視点でみると、中国には民間と言っても実質は国有企業扱いのハイアールや美的など、ナショナルブランドのメーカーが多数あり、税金の優遇措置などを見るとまったく不利な競争を強いられることになり、中国で日本メーカーが圧倒的な成功を収めるのは難しいということがわかってきた。
では、トップシェアを取れる市場はどこなのか。考えた挙句、パナソニックはインド市場を取りに行くことにした。インドには家電のナショナルブランドはない。親日国であり、家電の普及率がまだまだ低い。韓国勢はインド市場を攻めあぐねており、まだ射程圏内にある。さらにインドの先に中東、アフリカという巨大な市場が存在している。ここでブランドを確立できなければ、日本のエレクトロニクスは世界相手に商売することができなくなる。そのような考えからパナソニックは社長直轄のプロジェクトとして、インド攻略に動き出したのだ。
まずはインドでの知名度を上げること。インドでPと言えばフィリップス(Phillips)のことであり、パナソニックはマイナーブランドだった。まず、インドで人気の映画俳優を採用してテレビCMの出向量を大幅に増やした。このCMによってその俳優はインドで人気ナンバーワンになったというから、その影響力が想像できるだろう。そしてインドで大人気のスポーツ、サッカーとクリケットをスポンサードした。これはサムスン、LGのやり方をそっくりそのまま真似をしたのだ。さらには商品をインド人に直接PRするために「サウンドフォーインディア」というキャラバンを組んでのイベントをインド中で開催した。
しかし、最も重要なのはインド人に売れる商品をつくりだすことだった。
韓国勢に圧倒的に勝利するためにはヒット商品が必要だが、それがテレビでは消耗戦になるだけだ。そこでパナソニックは得意のエアコンで勝負を挑むことにした。まずは現地のニーズを知るために生活研究所を立ち上げ、インド人マーケッターが300件、中間所得層の家庭を訪問し、どのようなエアコンが求められているのかを真摯に探った。
インドは常に暑く、エアコンはつけっぱなしなのでリモコンやインバーターはなくてもよい、住宅の天井にはたいてい大きなファンがついているので気流制御はいらないなど、不要な機能をそぎ落として良いものを選別した。さらにインド人は冷風が一気にたくさん出るものを好み、その際に出る音は気にしないなど、日本人とはまったく違うニーズも商品に取り込んだ。そして、インド市場のためのエアコン「CUBE」が完成し、韓国勢の半値である2万8千円で売り出すと、予想を超える大ヒットとなり、現在6万台が入荷待ちの状態だ。今年は40万台、来年は80万台を売る予定だ。インド人のディーラーからはようやく儲かる商品を作ってくれたと好評で、販売ネットワークも順調に構築できていると、パナソニックインディアの社長である伊東大三氏は語る。
新興国でのビジネスは、経営者の本気度、現地法人への権限委譲、現地のニーズに合った商品、この3つが揃うことで初めてリアリティを持ち、戦いの土俵に立つことができる。遅ればせながら、日本企業も本社の呪縛から解き放たれて、ようやく名実ともに現地化を実現することができたのだ。
それによってパナソニックインディアの昨年度の売り上げは700億円を達成した。
次の作戦はパナソニック電工が得意のビューティー商品、三洋電機が得意な法人向けエアコンを市場に投入するという。
伊東社長は「3社合併のシナジーが最も発揮できているのはインド市場ですよ」と語りながら、「目標の2000億円が見えてきました」と微笑んだ。
日本企業もいよいよ新興国ビジネスに本腰が入った。これからの展開に注目したい。
内田裕子うちだゆうこ
経済ジャーナリスト
大和証券勤務を経て、2000年に財部誠一事務所に移籍し、経済ジャーナリストの活動を始める。テレビ朝日系「サンデープロジェクト」の経済特集チームで取材活動後、BS日テレ「財部ビジネス研究所」で「百年企業…
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