●「日式マンション」
今回、私がこの日系の住宅メーカーを取材しようと思ったきっかけは、この住宅メーカーのつくる「日式マンション」が中国で人気だという話を聞いたからだ。「日式マンション」とは、箱売り(スケルトン販売・コンクリート打ちっぱなしのまま販売)が主流である中国のマンション販売に対して、内装を完備して売るということ。日本では内装完備はあたりまえのことだが、中国ではまだ新しい販売方法なのだ。なぜ、中国は箱売りが主流だったのかというと、理由はいろいろある。
・業者側の視点
(1)金利が高いことから、デベロッパーは早く代金を回収したいため、できるだけ工期を短くしたいということ。
(2)ネコンや内装業者の技術レベルが低く、手抜き工事を行うので、内装は顧客に任せたほうがクレームが少なくなるということ。
・顧客側の視点
(1)中国人は他人と同じであることを嫌い、また業者の手抜き工事もよく知っているので自分でやるほうが安心だという面があったこと。
(2)箱売りのほうが安く買えること。
以上のような理由で中国では長い間「箱売り」が主流だった。だから中国には巨大なホームセンターがたくさんあり、キッチンからバス、トイレ、洗面台、ドアまで、すべてを顧客が選んでいる。さらにはその設置工事も手抜きされないように、会社を休んで監視する人も少なくないという。これは、いかに顧客の中国の建設業者に対する不信感というものが、長いことあったのか、ということを物語っている。
今回の日式マンションでは、キッチン、バス、トイレ、蛇口、給湯器、サッシ、鍵、床材など、可能な限り日本ブランドを使う、ということだ。「メイド・イン・ジャパン」に対して、大変信頼を寄せる中国の富裕層をターゲットにする、という話が非常に興味深いと感じて、その反響を見に行ったが、そのような背景を聞けば聞くほど、「日本のメーカーなら安心だ」という中国人の気持ちもわかってくる。
実際、モデルルームを見てみると、確かに内装のほとんどに日本の一流メーカーが使用されており、日本で見る高級マンションと同じ品質が実現されていた。室内は上品なブラウンを基調とした色使い。印象としてはシンプルモダン、といった感じで、日本人が好むスタイルをこちらでも提案している。もともと中国の富裕層は金や黒、赤といった派手な色を使って、立体的に装飾された豪華絢爛な内装を好むが、この日本式の落ち着いた高級感を理解する富裕層も増えてきているらしく、第一期の200戸の売り出しは、中国政府の金融引き締め、不動産融資に対する規制が始まったばかりの、悪いタイミングに重なったにもかかわらず、1カ月で完売となった。
中国人が抱いている日本ブランド、日本製への憧れや信頼というのは凄いものだな、と中国の地で、改めて日本の価値を感じたわけだが、さらに取材を進めていくと、本当の日本製の価値は、もっと深いところにあるということがわかってきた。第二期の販売となるマンション工事現場にもモデルルームがあるというので見に行ったが、そこはまだコンクリートがむき出しの状態。ヘルメットをかぶって、工事現場用の網状のゴンドラに乗りこみ、ガタガタと音を立てながら、20階まで上がっていく。そこはまだ吹きっさらしで、マンションの躯体がすべて見える状態。それぞれのポイントに張り紙がされており、この住宅メーカーがこだわっている部分をわかりやすく説明していた。購入者に向けて「すべてを見せます」という姿勢だ。構造の説明のほかにも、配電がどのようにされるのか壁にペンでその行き先が書かれている。サッシの取り付けもしっかり溶接されているということが強調されており、これはサッシの隙間から雨水が入ってくるというクレームが中国では多いため、このマンションでは水漏れがしない理由を、工法を見せることで説明しているという。
「ここまでやっている現場は中国ではここしかありませんよ」と、自信を持って教えてくれた。
●メイド・イン・ジャパンの本質
細かいところに絶対に手を抜かない。見えないところにこそこだわる”ものづくり”。これこそがメイド・イン・ジャパンの真髄であり、日本製の高品質の正体だ。「日式マンション」とは内装を日本ブランドで仕上げて販売するという単純な話ではなく、人間の住まいとは何か、という根本的な問いに対して答えを探し続けてきた日本メーカーが、安心安全のマンションを、基礎工事、骨組みの段階から思想を持って積み上げてきた結果、完成したものを指すものだったのだ。
蘇州工業園区の狙いはまさにそこで、中国のデベロッパーやゼネコン、農民工にいたるまで、日本的な深い思考を植えつけたいという思いで、この日本の住宅メーカーを三顧の礼で迎えたということだったのだ。驚くべきことに、メイド・イン・ジャパンの本質を中国、蘇州政府はよく理解しており、これは日本人以上と言える。そして、自分たちにないもの、どうしても手に入れたいものとして、日本の価値を認識しているのだ。
この先10年で、アジアの10億世帯中、5億世帯が、所得1万ドルの中間層に成長してくると予測されている。所得が上がってくれば、質の良いものが欲しくなるというのは私たちも経験してきたこと。現在は価格の安いものがアジア市場では売り上げを伸ばしているが、すぐに新しい上質なものが欲しくなってくることはわかりきっている。
そのときこそ、日本の出番だ。「もうハイスペックなものは競争力を持たない」と韓国や台湾、中国のメーカーに対抗して日本メーカーも低価格戦略にシフトしたものの、品質の低下が大問題になっている。今は確かに、新興国では他国のメーカーに日本勢は惨敗だ。しかし、10年後、アジア5億世帯がいったい何を欲しがるのかという長期的な目線は非常に重要で、そこにこそ日本経済の復活のチャンスが待っているのだろうということを、蘇州の日系住宅メーカーを取材して、強く感じた。
内田裕子うちだゆうこ
経済ジャーナリスト
大和証券勤務を経て、2000年に財部誠一事務所に移籍し、経済ジャーナリストの活動を始める。テレビ朝日系「サンデープロジェクト」の経済特集チームで取材活動後、BS日テレ「財部ビジネス研究所」で「百年企業…
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