私にとって9月は環境の変化の多い月です。そもそも生まれたのも9月、競技を引退してこうして第二の人生を歩み始めたのも9月。小さなことから大きなことまで、転機が訪れるのはなぜかいつもこの時期でした。そして今年も一つの転機となる大きなプロジェクトが終了します。それは「シャングリラⅢ」です。
引退することを決めても引退後の目標がなかった私が唯一見つけることができたのは、”表現者として可能性を追求していきたい”という気持ちでした。そして多くの方々とのめぐり合いやタイミングなど、奇跡的な確率であらゆる要素が絡み合って、噛み合って、一つの形になり、その形になったものというのがシャングリラの舞台だったように思います。この時期を迎え「今自分は表現者としてどう生きているか」をみつめ直してみることにしました。
まず見つめなおす作業としてはじめにしたことは、自分探しの旅をセルフレポートする形式で心の移り変わりを綴っていくこの「武田ビジョン」を読み返すことでした。連載の初回、私は「伝える」ということについて書いていました。興味深いのは、その内容に書かれていた状況が、まるで環状線が線路を一周してきたかのように今とそっくりそのまま似ていることです。
夢を追い続けてきた競技選手引退直後の私と、第二の人生で最初に持つことができた目標が現実化した私。しかし、似てはいても同じではありません。同じであってはいけないようにも思います。それはこんなことです。
自分の中で感じた何かを体の外に出してそれを人に伝えることを「表現」と呼ぶと私なりに思っているのですが、単純にそれに当てはめてよければ、私はそれをすることが大好きで、好きなことだからこそめげそうになっても頑張れたり、生きている実感を得ることができました。私の原点はそこにあります。
ただ原点は同じでも、表現者として目指すものは違いました。選手時代は表現も競うことの一つとして捉えていたので、表現者の1位を目指しました。そして大会毎にそれに順位の評価が下され、一喜一憂してまた再び1位を目指すのでした。この先に何に繋がるとも想像することなく過ごしました。一つのことにここまで専念できることは幸せだったと思います。そして今、私が目指す表現は「武田美保」という人。歌の歌詞のようなフレーズですが、つまりは”オンリーワン”というものです。
今ショーで一流のアーティスト達や技術者の方々と一緒に過ごし、私は自分の脆さに気づきました。自分らしさをわかっていたつもりが、人のペースや人の表現に圧倒され、あっと言う間に自分らしさがわからなくなりました。選手のときより、「感覚が鈍ったのかな…あるいは、私の度量ではなかったか…」と落ち込みもしました。その経緯を経て、自分自身の身体表現を探しながらある思いが高まってきたのです。
おこがましいことを言っていると思うのですが、身体表現に留まらず、私の全ての要素をオリジナルの表現として人に伝えたいという思いです。ショーに関わる一員としての自分の在り方、個性豊かな人々対自分とのコミュニケーションの取り方、振る舞いの全てを、背伸びをしない自然さで、心に素直で、自分らしいもので有りたいのです。私という人間から外に出されるものにこだわりを持っていたいです。でも、難問があります。これは自分の本当の心の欲求に気づかないとできない表現だと思います。自分探しの旅はまだまだ続きそうです。
今回、抽象的な言葉でしたが、表現者として私が目指したいものを見つめなおしてきました。まとめてしまうといささか簡単に聞こえてしまいますが、私がもっと欲しいのは「いい意味での貪欲さ」です。選手のときにはしなかった「目標とする試合より先の将来を想像してみること」も、第二の人生では選択肢が多い分、どんどん将来を想像していきたいと思います。
さらには表現にこだわりを持つことが自分のプロモーションにどのように繋がる可能性があるのか、その視点も養いたいと思っています。もう一つ願いがあります。表現が私の一方的なものにならないように、受け取って下さる人にとってもそれが希望や元気に変わっていくものにしていけたらと思います。相互に幸せを感じられるそんな表現者でありたいです。
武田美保たけだみほ
アテネ五輪 シンクロナイズドスイミング 銀メダリスト
アテネ五輪で、立花美哉さんとのデュエットで銀メダルを獲得。また、2001年の世界選手権では金メダルを獲得し、世界の頂点に。オリンピック三大会連続出場し、5つのメダルを獲得。夏季五輪において日本女子歴代…
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