現在ソチオリンピック開幕まで2週間を切ったというところ。出場選手の皆さんの人となりがわかるような特集や、直前のワールドカップでの成績など情報が毎日入ってきます。その中で、今大会の位置づけを競技生活の『集大成』とし、臨もうとされる選手の方がいらっしゃいます。今回のソチでは、成績などの結果よりも、彼らの思いの全てを懸けたパフォーマンスがどんな身体表現になるのか?ということや、本番直前の覚悟を決めた顔の表情に私は注目したいと思っています。
では選手の方が口にする『集大成』とは具体的にどのようなことを指しているのでしょうか。
辿ってきた競技人生(経験内容)も、競技に対する考え方も、当然それぞれ違うので、何をもって集大成と言うのか一言で表すのは難しいと思いますが、今回、自身のことを少し振り返ってみながら、改めて『集大成』という言葉の持つ意味を考えてみたいと思います。
今から11年前になってしまいますが、アテネオリンピックの前年度のシーズンを終えた地点に戻ってみます。当時の私がしたことは、これまで歩んできた20年間の自分の軌跡を辿り、どんなに細かいことでもいいから、その時感じていることと無意識を意識的に呼び起こし、自分の奥底にある本心と向き合うことでした。「3度目のオリンピックイヤー。このオリンピックで大勝負に出てもいい『気力と体力と技術』は私にちゃんと備わっているだろうか?」、「アスリートとして、なりたかった自分に今この時点でどこまで近づけているのだろうか?」、「選手人生でやり残していると感じていることは何なのか?」、「日々私は何に対して喜びを感じ、何に対して辛いと感じているか?」、「コーチやメンバーは今何を感じて、来年をどう捉えているのだろうか?」など、たくさんの質問を自分に対して投げかけました。そしてその問いかけの一つ一つに現段階の自分の答えを出して、あらゆる点で機は熟していると思い至りました。
私なりの質問に対する答えは、気力は何とか持たせることができると思えました。体力は寝て起きたら回復している若手の頃と訳が違いましたが、筋肉の機能的な使い方や、オンとオフの使い分けが昔の自分に比べてはるかに長けている手ごたえはありました。技術面では、競っていたロシアに、ある部分では負けていて、その課題に向き合わなければならないけど、ある部分は私達日本の選手にしかできないと誇れる部分があり、勝負はかけられると確信を得ていました。また、なりたかった選手像にはまだまだ届いていませんでしたが、自分自身が一番嫌いな自分の部分、例えば気分の浮き沈みで好不調の波が起こってしまっていたところを少しコントロールできるようになったことや、肉体的に感じる限界を「あともう一歩先に行ける!」と撤退しないで踏み込める日が増えてきているような、そんな実感はありました。日々の自分の喜びは、「やみくもにやっていた若手の頃より、もっと核に近いところでシンクロの技術が上達していること」、「人間って年齢に関係なく、自分次第で能力を開花させられることに気付けたこと」でした。辛いことは、ずっと感じていたけど、それを直視してしまうとモチベーションが下がり、やり切れなくなってしまう「不安材料」の部分だと考えました。私はその燻っている不満や疑問を顕在化させず、蓋をして見ないようにしていたり、触らないで放置してきたことがありました。そろそろ終わりに近づいてきた選手としての生活を、その鬱積した感情やしんどいことも含めて「辞めたらもう二度とこの猛烈に〝生きている実感”を味わうことはないだろう。だから選手として味わえる全てのことを目一杯味わってやろう。本当にこれからの1分1秒を大事にしよう。」と、今の自分のすべきことを理解し、それに伴う行動を取れるようになりました。コーチやメンバーにも時間を頂き、自分が思い至った境地を初めて腹を割って伝えました。前出の燻っていた感情も全て伝えて「やり切りたい。力を貸してほしい。」と伝えました。それに対して強い同意をして下さったことに改めて感謝をしています。それをベースに、ついに引退を想定した最後のオリンピックへの挑戦へと移っていきました。
まず第一関門となる代表選手選考会では、これまで習得してきた武田美保という一人の選手の技術を冷静に、かつ圧倒的な存在感を持って示そうと臨みました。手ごたえとしては「いけた!」と思える感触は得ました。コーチからも「いい戦いぶりやった」とコメントを頂くことができました。時間の経過は当然ノンストップで、選考会を経るとすぐ、いよいよアテネオリンピックの代表チームが編成され、これから始まるトレーニングの全日程で、弱気な自分に全戦全勝し、悔いなく、必ず何かで1歩進んだと思える日々を自分に課しました。21年目にしてやっと辿りつけた境地です。「人間、覚悟が決まるとこんなに強くなれるんだ。意志を貫けるんだ。」と自分でも驚きました。刻一刻と迫るオリンピックの開幕。渡航直前に設けられた公式会見で私は、「これまでの集大成を出したい。」と自然と発言していました。この時の私の中での集大成とは、21年間で身につけることができた全ての技術を結集し、今季自分に対して課してきた全戦全勝で充実したタフなメンタルを持って、コーチとメンバーと共に追い求めてきた「私達にしか出せない世界観」を、本番でありのまま表現するということでした。
そしてアテネオリンピックが開幕。シンクロ競技は、現地入りをしてから試合までかなり間が開くのですが、毎日小さな感動や発見があり、それを記憶に刻みながら楽しみました。自分がすごく落ち着いていて、力を試すのが楽しみというような自分でいることができました。そして、いざ本番・・・。
私が思い浮かぶ選手として最高の瞬間の記憶は、シドニーオリンピックのチームテクニカルルーティンと世界水泳福岡大会のデュエット決勝の2回なのですが、その時感じた達成感と高揚感、そのどちらとも違う感情と感覚がアテネオリンピックの全日程を終えたときに去来していました。妙な納得感というか、晴れやかというか、穏やかというか。「自分の勝負には勝てたよね。」「合格点は与えてもいいよね。」「今までの集大成を身も心も全てで出せたよね。」と一人、また内なる自分と会話していました。
今回のソチで選手の皆さんのそんな裏側なども想像しながら応援したいと思っています。
武田美保たけだみほ
アテネ五輪 シンクロナイズドスイミング 銀メダリスト
アテネ五輪で、立花美哉さんとのデュエットで銀メダルを獲得。また、2001年の世界選手権では金メダルを獲得し、世界の頂点に。オリンピック三大会連続出場し、5つのメダルを獲得。夏季五輪において日本女子歴代…
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