東北関東大震災の影響で中断されていたサッカーのJ1、J2リーグが、4月23日から再開されました。東京電力の管内では当面の間ナイトゲームを行なわず、被災地域のベガルタ仙台、鹿島アントラーズ、水戸ホーリーホックは、ホームゲームの開催に影響が生じています。ですが、毎週末にリーグ戦が開かれる日常が戻ってきたことには、サッカーに携わる者として喜びを感じます。
今回の震災では、私の家族も被災しました。岩手県大船渡市にある妻の実家が、津波の被害に遭ったのです。義母が暮らしていた家は、倒壊こそ避けられたものの、一階部分が津波に呑み込まれてしまいました。地震発生から数日間は、連絡を取ることができませんでした。
近くの小学校へ非難していると知らされたときは、安堵感と脱力感が同時にやってきて、全身から力が抜けたような気持ちになりました。高速道路が復旧したその日に、家族で義母のもとへ向かいました。自宅の清掃を手伝うことが目的です。
本当に大きな衝撃を受けたとき、人は言葉を失うと言います。震災の傷跡を目の当たりにした私は、まさにそういった状態でした。言葉が出ない。身体が動かない。私も良く知っている大船渡出身の小笠原満男選手(鹿島)が、被災地を訪問した様子を「知らないところへ行ったみたいだった」と話していましたが、彼の気持ちが実感として理解できます。
妻の実家とその周辺には、文字どおり様々なものが散乱していました。自家用車や漁船が、信じられない角度で横転しているのは当たり前です。義母の自宅内には、鉄道の枕木が流れ着いていました。私を含めた成人男性が、4人がかりようやく運び出せるほどの重さです。津波の猛威を、改めて知らされました。テレビの映像は、凄惨な街の風景を映し出します。
けれど、現地のにおいまで伝えることはできない。私が驚かされたのは、まさにその「におい」でした。津波が押し流したのは、家や車といったものだけではありません。重油、灯油、軽油、ガソリンといった油が流れ込み、魚が至るところに打ち上げられていた。油は瓦礫にこびりつき、魚は各家庭の冷蔵庫に保存された生鮮品とともに放置されてしまう。その結果として、衛生環境は著しく損なわれていた。私が感じた「におい」は、瓦礫の山が発する被災地の悲鳴、声なき声だったのかもしれません。
義母が生活をしている近隣の小学校にもお邪魔しました。避難所での生活は、どうしても単調になりがちです。仕事に打ち込めず、家事に従事できないので、静かに時間をやり過ごすしかないのでしょう。デスクワークがメインのビジネスマンで、肩凝りに悩まされている方は多いと思います。同じ姿勢で長時間にわたってパソコンを見つめることで、身体が凝り固まってしまう。
避難所ではエコノミークラス症候群が心配です。長時間のフライトなどで感じる足のむくみは、運動不足で血液が滞ることに起因します。足を動かすと、太ももとふくらはぎの筋肉が緊張と弛緩を繰り返す。血液が循環していく。乳しぼりに似ていることから、『ミルキングアクション』と呼ばれる作用です。足は『第二の心臓』とも表現されます。ミルキングアクションは心臓の働きを助け、体内の毒素を排出することにもつながる。抵抗力が高まり、風邪などを引きにくくなる効果が期待されます。
サッカーは前後半45分で争われるスポーツですが、勝敗を決めるのは合計90分(1時間半)のプレーだけではありません。規定の試合時間で最高のパフォーマンスを発揮するために、一日の残り22時間30分をどうやって過ごすのかが重要になる。練習、休養、食事の三つがバランス良く、それも高次元に重なり合わなければ、自分たちが望む結果をつかむことはできない。とりわけ、時差や気候の影響を受ける海外のゲームでは。失敗を繰り返しながら辿り着いた、私なりの持論のひとつです。
人間の生活も、住むところがあり、食事があり、仕事(学業)があって成り立っている。どれかひとつが欠けたり、不十分な状態に遭ったら、心身のバランスは乱れてしまいます。
震災発生から2か月が経過し、被災者の方々が求めるものも変わりつつあると感じます。サッカーチームに一体感が大切なように、我々も一致団結として被災地を支えていきたい。ボランティアや焚き出しといった現地での直接的な支援はもちろん、義援金などの間接的なものも合わせて、日本人が大切にしてきた人と人とのつながりを、スポーツで培ったチームワークを、いまこそ発揮していくべきだと思うのです。
最後になりますが、3月11日に発生した東日本大震災で被災された方々に、心からお見舞いを申し上げます。 このコラムを通して、私なりに、サッカーを通じて考えるリーダーシップやマネージメント論、又日々考えていることなどを書いていきたいと思います。またサッカー界で何かできることはないか、考えていきたいと思っています。
山本昌邦やまもとまさくに
NHKサッカー解説者
1995年のワールドユース日本代表コーチ就任以降10数年に渡って、日本代表の各世代の監督およびコーチを歴任し、名実ともに日本のサッカー界を牽引してきた山本氏。山本氏の指導のもと、成長をとげた選手達は軒…
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