日本コカ・コーラの缶コーヒー「ジョージア」の「世界は誰かの仕事でできている。」や、キリンの発泡酒「のどごし<生>」の「がんばるあなたがNo.1」など、数々のヒット広告キャンペーンのコピーライティングを手がけてきたのが、梅田悟司さん。電通に入社後、マーケティングプランナーを経てコピーライターに。カンヌ広告賞、レッドドット賞、グッドデザイン賞、官公庁長官表彰など数多くの賞を受賞。
コピーライティングの経験などをベースにして、自らの考えを綴り、2016年8月に刊行となった『「言葉にできる」は武器になる』(日本経済新聞社刊)は、20万部を超えるベストセラーに。「言葉にできない」ことは「考えていない」のと同じ、「外に向かう言葉」だけでなく「内なる言葉」に目を向けよ、といったメッセージや、まったく新しいフレームワーク「T字型思考法」などが、大きな話題になっています。
コピーライターの仕事から、理系とコピーライターの関係、伝わる言葉、言葉を鍛えるための習慣、さらには講演聴講者の反応など、梅田さんへのロングインタビューをお届けします。
言葉にできていないことを、いかに言語化できるか
ジョージアの「世界は誰かの仕事でできている。」や、のどごし<生>「がんばるあなたがNo.1」など、梅田さんの作ったコピーは、日本中の多くの人が知っていると思います。どうしてこんな凄いコピーができたのでしょうか。
広告コピーというと、一般的に商品の良いところを引き出し、世の中で目立つメッセージをどう作っていくか、という仕事をイメージされることが多いと思います。でも僕はそうではないと考えているんです。目立つことや話題になることはひとつの方法論でしかないはずです。それよりもクライアントが言葉にしたくても言葉にできていない理念や本心みたいなものを、いかに言語化できるか、が大事だと思っています。そのためには言いたいことを見定めることが第一。その上で、どういう言語を用いると、世の中の人に伝わりやすい表現になっていくか、考えていきます。
僕は理系出身で、モノ作りがいかに大変なことかを、ある程度理解しているつもりです。そのモノ作り、つまり製品開発への思いをできるだけ紐解いて、最終的に生活者にとって価値ある情報に転換していくのが、コピーライターだと思っています。大元の素材は開発者が持っているんです。
どうやって、素晴らしい10数文字になっていくのでしょうか。
相手が話している言葉へのアンテナの感度を上げることが全てのはじまりと言えるでしょう。そして話している内容をできるだけ分解して、大事なこと、本当の核心に迫っていきます。大事なところを見つめ直していく作業です。いくつかの方向性が絞られたところで、それぞれに対して実際に言葉を与えて変換していきます。大事なことは、思いを馳せることだと思っています。いろんな人に成り代わって表現を作る。自分の中にクリエイティビティがあるということではなく、自分の中でクライアントの思いを消化した上で、生活者が魅力に感じるメッセージへと昇華させていくのです。
ジョージアのときは、この缶コーヒーはなんのためにあるのか、から考えました。どんな人に、どんなときに一番飲んでほしいか。そこで出てきたのが「休憩時間」というキーワードでした。次に浮かんだのは、頑張っている人。「休憩時間」に飲むコーヒーは、頑張った分だけ、やっぱりおいしいよね、とクライアントを含めたチームで話していく。僕たちはこうした味覚を「前味」と呼んで、前味こそ表現しようと決めました。そしてもうひとつが、同時代性です。今は自己肯定感の薄さが蔓延している。こういう中で、あなたの頑張りは誰かの役に立っている、というのは、現代ならではのメッセージになるだけでなく、働く人に寄り添うジョージアの発信すべきことでもある。本質的価値は変わりませんが、時代によってメッセージの矛先は変わって然るべきです。
最終的には、300くらいのコピーを考えています。最初に100くらい考えて、いろんな意見が出て、また100考えて、最後にまた100考えて。最後にどれか、ということになるわけですが、それまでいろんなことを言っていた人たちが、「お、これ、いいね」と言って意見が合う瞬間があるんです。まったく違うことを言っていたのに(笑)。みんなが何となく考えていたことが言葉になった瞬間に、「そう、それが言いたかった!」となるんですね。みんながいいと思うものを、いかに出すか。多数決とかじゃなくて、指名買いできる1本を出したい、と思っています。
クリエイターというと感性、クリエイティブというイメージがありますが、言語化して語れる方法論のようなものが、梅田さんの中にはあるのですね。
僕はクリエイターという言葉が、自分にはあまりフィットしていないと思っています。広告は、企業のマーケティング活動の一環です。そうすると、ともすれば一人のクリエイターの感性だけで勝負していい領域ではない、と感じていました。感性やクリエイティビティといった、つかみどころのないものに頼るのではなくて、方法を確立したほうがいいんじゃないか。そうすることでこそ、常に一定以上のクオリティのものが常に出せるんじゃないか、と考えが進んでいきました。入社して、7、8年目頃には、自分なりの方法論を確立するために試行錯誤をはじめていました。そうすることで、「僕たちは何者なのか?」という自問自答にも答えが出るだろうな、と。
それで方法が見えてきたら、共有しないといけない、と考えるようになりました。本を書くことへのきっかけですね。そうすれば、後輩のみならず、深く広く多くの人に知ってもらえるな、と。コピーライターが言葉を生み出すプロセスには、気持ちを言葉にするために役立つ方法が含まれるはずですから。だから、本を書くために生み出した何かではなく、広告づくりでやってきたことに、自分なりの方法を加えたものが、書籍になっています。
言葉は絶対に誤解を起こすもの、という前提を持つこと
そもそも理系出身だったのに、どうして広告会社、コピーライターだったのですか。
機械工学を専攻し、大学院まで進んで、人工骨の研究をしていました。大腿骨に入れる、骨の代わりになるチタン合金です。実用一歩手前の段階でしたので、やりがいはあったんですが、共同研究をしていた医学部の人がこんなことを言っていて。
「こんないいものがあるのに、どうしてみんな知らないんだろうね」
正直、ショックを受けましたね。たしかに、いいモノを作る役割もある。でも、いいモノを広げていく役割もいるんだな、と。エンジニアの気持ちがわかり、作り手の言葉を理解できる「広げる人」が必要なんじゃないか。そういう広告の作り手がいるんじゃないか、と。それで、電通を受けたんです。面接では、どうしちゃったの?と驚かれましたけど(笑)。
それこそコピーライターというと文系のイメージがありますが、「理系こそコピーライターに向いている」とおっしゃっています。
理系はロジカルに物事を考えられるから、というわけではないんです。それは表層的な理解です。本当に大事なのは、「モノを作っている人たちがいる」ということを本当の意味で理解しているからなんです。消しゴムひとつとっても、硬さを決めたり、色を決めたり、香りをつけたりする。どうしてそんなことをするのかといえば、「人が作業するときにゴミが散らからないようにしよう」「子どもたちが勉強を少しでも楽しめるようにしよう」といった思いがあるからですよね。ひとつひとつの工夫に理由があるんです。それこそが、広告されるべきことだと思うんです。でも、開発者の思いや考え方がうまく理解できないから、単純な商品性や広告的なエンタテインメントに走ってしまったりする。これはもったいない。
実際、開発者に話を聞かせてほしい、という広告関係者は少なかったようです。だから、話を聞きたいとお願いすると、驚かれます。でも、どうしてこの商品を作ったのか、聞きに行ってみると、スピリッツについて喜んで話してもらえるわけです。ところが、だんだんと同行した営業担当者やマーケティング担当者が「?」になっていくことが少なくないんですね。どんどん専門的な話になっていくから。それを僕は受けて、「それって、こういうことをおっしゃりたいんですね」と聞き返していきます。伝えたいことが言語になっていないことも多いんです。だから、難しい話がどんどん出てくるわけです。でも、そうやって内面に目を向けることが大事なんです。そこを掘り下げていくことで、コピーライティングのコンセプトが浮き彫りになっていくことは多いですね。
大学の同級生は、みんな研究や開発の仕事をしています。僕が広告会社に行くことを不思議がっている人も多かったですが、今になって理由がわかったと言ってくれる人もいます。自分たちが作っているモノを広告されたとき、大きな乖離を起こそうとする余りに、イメージと違う表現が行われる問題に直面しているからです。コピーライティングの世界にも、だんだん理系出身者が増えています。これから、製品開発者とクリエイターが向き合いながら、一つのメッセージを作ったり、コンセプトを作っていくことは、少しずつ増えていくと思います。
そうした方法論を記した書籍『「言葉にできる」は武器になる。』は、20万部を超えるベストセラーになっています。講演もたくさん依頼が来ているそうですね。
本を出してみて、「気持ちを言葉にする方法について」こんなに多くの人が知りたかったんだ、と驚きました。講演についても、もちろん書籍が売れている効果もあるかと思いますが、こんなにたくさんの方がお越しになるんだ、という驚きがあります。言葉の難しさとか、言葉に対する、ちょっとしたコンプレックスを感じる人が、世の中にこんなにいるんだ、と気づかされましたね。
講演業界でも「コミュニケーション」というテーマの依頼は普遍的に多いものですが、ネットやSNSの影響で「言葉の難しさ」をより感じる人が増えているように思います。
僕がいつも考えているのは、「言葉は絶対に誤解を起こすものだ」という前提を持つことの重要性です。伝わらなくてイライラしたり、言った言わない、で揉めたりすることもあるわけですが、誤解は起きるものなんです。では、自分で何が変えられるか、を考えたほうがいい。こう講演で言うとみなさん、ハッとされますよね。前提が違うんです。伝えたんだから、伝わるだろう、と思ってしまうんですが、違います。誤解は絶対に生じる、という前提から始めるわけです。では、何を変えないといけないのか。それを講演でお話するわけですが、「たしかに」となるみたいです(笑)。
思ったこと、感じたことを、言葉にして頭に蓄積していく
では、コミュニケーションを円滑にするためには、どのようにすればいいのでしょうか。
人と話をしていてときどき感じるのは、実は自分が話していることに自信がない人が少なくない、ということです。どうして、そんなことが起きてしまうのか。コミュニケーションの問題は、結果として言葉の使い方とか、会話の流れに終始してしまうことが多い。でも、本当は自分の中にある意見をわかっていなかったり、整理できていなかったりすることに起因していることが多いじゃないかと僕は考えています。要するに、言葉にできていない。
例えば、相手が何かを言ってきたとき、答えを持ち合わせていない。だから、返せない。結果的にはコミュニケーションの話なんですが、突き詰めると、考えている量や質の問題になるんです。さらにいえば、考える方法です。考える方法みたいなものがないから、言葉が出てこない。自分の意図しているモノとは違う言葉で話してしまう。つまり、思考と言葉がつながっていないんです。しっかり考える力をつけて、伝える素材を整理して、下ごしらえをする方法が実はわからない。やっぱり、考える力の問題なんですよね。
梅田さんはご著書の中で、「内なる言葉」と「外に向かう言葉」というキーワードを挙げておられます。
考える力とは何かというと、ひとつは、ちゃんと自分の頭の中を理解できているかどうか、です。例えば、1時間のドラマを見たとします。途中、電話がかかってきて、15分抜けてしまった。それで、「では、ドラマについて説明してください」と言われたら、説明できないですよね。見ていない部分、つまり、理解できていない部分があるからです。これは、自分の考えていることを話すときも同じです。頭の中にあるものを、ちゃんと理解していないと人に伝えることはできない。パズルのピースが抜けている状態なら、補完してあげないといけない。その埋める作業が実は大事ですよね。それが、考えることなんです。
みんな言葉の問題として「外に向かう言葉」ばかり考えようとしてしまいます。もちろんコミュニケーションでやりとりするのは「外に向かう言葉」なんですが、話すことが何もない人には話せないですよね。「外に向かう言葉」の前に実は頭の中に言葉があって、それを僕は「内なる言葉」と定義したんです。そうすると、とてもわかりやすくなる。
ただ、考えるのは、けっこう難しい。子どもの頃、「よく考えなさい」と言われましたが、実はどうやって考えるかは、誰も教えてくれないわけです。そこで僕は一つの方法を考えました。頭の中にあるモヤモヤしたものを内なる言葉として定義して、解像度を上げていくと、よく考えることにつながるんじゃないかと。その方法が、言葉にすることであり、言葉として捉えてあげること、なんじゃないかと。こうやって話すと難しそうに聞こえますけど、講演では、猫の写真を見てもらったり、鰻重の写真を見てもらったりして楽しく体験して頂きながら解説します(笑)。そうすると、ハッとされますね。思ったり感じたりしたことを、実は頭の中で言葉として処理しているのに、認識できていないことが多いからです。
大事なことは、頭の中で「内なる言葉」が浮かんだと認識することです。それを自分の中に貯めていく。実は語彙力は、自分の中にたくさんあるんですね。そして、自分の中にある語彙力をストックして、会話の中で使えるように訓練していく。思った、感じたで止まってしまわず、「内なる言葉」という言葉に置き換えてあげる。言葉として処理することができれば、考えることは簡単になります。語彙力が高まれば、「外に向かう言葉」の種に変えて行くことができます。このブリッジを作っておくことが大事なんです。本に出てくる「T字型思考法」で気づいてもらったりもしますね。
どうしてこんな深いことに気が付いたのでしょうか。
たくさんの人と話をする中で、「この人はこんなことを言っているけど、本当に思っていることは違うはずだ」と感じたことがあったんです。「外に向かう言葉」と、言いたい気持ちに分離が起きているとしか思えませんでした。その分離には、本人は違和感を持っているはずなんですよね。だから、そこをブリッジする概念のようなものがあれば、と思ったんです。自分の中にも「内なる言葉」があって、「外に向かう言葉」とずれているんじゃないか、と。
よくしゃべる人がいますけど、それは不安の裏返しなのかもしれない。また、何を話したいのか、自分でもわからなくなってしまう人がいます。話すのが苦手、という人も、しゃべるのが苦手なのではなく、「内なる言葉」をアウトプットできないか、把握できていないから心地良くないのではないかと思うんです。
では、「内なる言葉」の力を鍛えるためには、どのようにすればよいでしょうか。
まず、言語化する意識を持つことですね。これは僕自身がそうなんですが、思ったとか、感じたとか、をやめたんです。思わない。僕は頭の中に言葉が浮かんだと思うようにしています。それこそ、熱いコーヒーを飲んだとき、「あつい」という言葉が頭の中に浮かぶんです(笑)。
その意識を持つことで、いろんな場面でたくさん言葉が出てきます。それは「内なる言葉」ですから、認めて貯めていくんです。自分の辞書をそうやって増やしていく。そのためにも、新しいことをやっていくことを意識しています。同じことをやってばかりでは、同じ感情しか生まれなくなりますから。同じ言葉しか出て来ない。内なる言葉の語彙力が増えない。ある一定のコンスタントな生活を送りながら、変化を加えてあげることで、新しい感情に出会える可能性が高まっていきます。そして、変化が加わったときの頭の中を、解像度高く見てあげる。そうすることで、自分の中から語彙を引き出すチャンスが生まれます。
「自分の中にも言葉があるんだ!」ということに気づいてほしいですね。それを引き出す方法論がある、ということにも。自分の頭の中を自分で把握すると、コンプレックスや不安もなくなります。
今後は、子ども向けに『「言葉ができる」は武器になる。』を、もっと分かりやすく色々な形で伝えていきたいと思っています。それが『気持ちを「言葉にできる」魔法のノート』という本になって7/9に発売されます。大学入試改革もありますし、大人だけでなく、自分の気持ちを言葉にすることは、これからあらゆる場面で問われてくると思っています。言葉にする力は、テクニックやスキルといった表層だけではなく、「自分を知る」というコンセプトのもとで、ベーシックで大事な教養になるはずです。
――取材・文:上阪 徹/写真:三宅詩朗/編集:鈴木 ちづる
梅田悟司うめださとし
元電通コピーライター
1979年生まれ。大学院在学中にレコード会社を起業後、電通入社。マーケティングプランナーを経て、コピーライターに。2018年にベンチャーキャピタルであるインクルージョン・ジャパン株式会社に加入。ジョー…
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