東日本大震災ほど「想定外」という言葉を聞いた災害はなかったように思える。「想定外」の津波に襲われた結果、東京電力福島第一原子力発電所の非常用電源まで故障してしまった。記者会見で当事者が想定外という言葉を連発した裏には、「自分たちに責任はない」という気持ちがある。
もちろん人知を超えた自然の力というものはある。地球に巨大隕石が衝突し、恐竜の絶滅につながったとこともある。噴火によってひとつの都市が壊滅したこともある。マグニチュード9クラスの地震も何度か起きた。それでも私たちは「想定外」という言葉を使うことに慎重でなければならない。
想定外ではなく「想定の範囲」という言葉をよく使った人物もいる。上告を棄却され、実刑に服するために収監されることになったライブドアの堀江貴文元社長である。株取引などに関連して、相手方の行動は「想定の範囲である」などとよく答えていた。こうした取引は一種の将棋のようなものだから、「想定外」のことが起こったときは一気に不利な状況になることが多い。だからホリエモンは、実際には想定していなくても「想定の範囲」と突っ張らざるをえなかった。
仲間が自分を裏切るような証言をしたり、経済界などのエスタブリッシュメントが、総力をあげて攻撃してくるなどとは想定していなかったはずである。もちろん裁判で有罪になり、実刑を食らうことも最初のうちは考えてもみなかったはずである。
「想定外」とか「想定内」というのは、要するにシナリオをどれだけ描けるかという想像力の問題である。これは単にリスクの評価だけの問題ではない。会社という組織のマネジメントあるいは経営戦略を考える場面でも同じことである。できるだけ状況を客観的に評価し、どのような可能性があるかを考え、それをシナリオにして、それへの対応を考える。もちろん自分たちがどうなりたいのかという戦略目標も必要だ。
これが難しいことは、経営者の人は日々実感していることと思う。自分たちに都合のいい話ばかりではないことは百も承知しているが、かといって思うようにならないことばかりを考えると二進も三進も行かない。どうしても「希望的観測」が入り込みやすく、とりわけ担当者はその罠にはまることが少なくない。功名心もあり、悪い条件を過小評価しがちだからである。
ある経営者からこんな話も聞いた。「新しい投資計画を部下が作ってきたら、もしこれが完全に失敗したときの損がどれぐらいになるかを試算させる。それが起きたときでも会社が耐えられるならオーケー、耐えられないなら残念ながらその企画は没だ」
要するに、最悪のシナリオを考慮するという話だ。しかし実際にはこうしたシナリオを考えるのは得意ではない。「可能性」という言葉に縛られるからである。「そんなことが起こる可能性はない、少なくとも極めて小さい」という一言で、最悪のシナリオは葬られる。だが可能性がゼロでなければ、最悪のことは起こりうる。JR西日本の福知山線事故も、東電福の島第一原発も、みずほ銀行のシステムトラブルも、JR東日本のシステムトラブルも同じである。
どのような場合でも、余裕はあったほうがいい。膨大なコストがかかるのであればそれだけの対策を講じるのは諦めなければならないかもしれない。しかし一定のコストで収まるのなら、余裕をもつためにコストをかけるのは経営的に理にかなう。それを判断するのは経営者の役割なのだが、よほどのリーダーシップがないと「滅多に起こらないことのために対策を打つコスト」を正当化することはできない。なぜなら、それを正当化できるのは「想定外」と思っていた状況が現実のものになったときだけだからだ。
しかし経営者が「やっておけばよかった」と考えたときには、東京電力のように企業は存亡の淵に立っている。福島第一原発の事故は、経営者の想像力が多くの人々を左右することを見せつけている。
藤田正美ふじたまさよし
元ニューズウィーク日本版 編集長
東京大学経済学部卒業後、東洋経済新報社にて14年間、記者・編集者として自動車、金融、不動産、製薬産業などを取材。1985年、ニューズウィーク日本版創刊事業に参加。1995年、同誌編集長。2004年から…
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