おだやかな休日。若いカップルばかりのお台場のフードコートで、ぼくの食事介助を楽しそうにしている23歳の桜本健太(仮名)クンは、かなり場違いな感じがした。
ぼくたち二人の長年の深い関係を想像できる人はいるだろうか? じつは健太クンのお母さんは、高校時代の恩師だった。 恩師といっても新卒でやって来た若い先生で年齢も近くぼくらの、あこがれのマドンナ的な存在だった。そして卒業後、桜本先生も故郷に帰られ結婚した。
その長男が健太クンだった。そこでぼくは誕生祝いのオモチャを買い、それを持って先生と赤ちゃんに会いに行くことにした。 当時の行動範囲をはるかに拡げる「はじめての旅」ともいえる第一歩だった。 ぼくはそのとき23歳だった。自宅から2時間かけて新宿へ行き、あずさ号に乗って約2時間、桜本先生の住む町に着いた。
住所はお寿司屋さんに先生は嫁いでいたので、さほどの苦労もなく探し当てたのだが、先生は不在だった。 ご主人は、突然の車イスにも驚かず、とりあえず寿司を握り食べさせてくれた。そして事の次第を話してくれた。 生れたばかりの健太クンは、数日前から入院したという。すると電話がなり、先生からだった。紙オムツがたりないから買って来てほしいという。ご主人はぼくが来ていることを伝えた。
「あの。ぼくがオムツを買って病院にもって行ってもいいですか?」
「いや悪いから…」
「お寿司、おいしかったです。お邪魔しました」
運良くお店の二軒どなりは薬局で、オムツも買えた。ふしぎと鮮明にそんな場面を記憶している。はじめての旅は予期せぬものになっていた。 なんとなく父親になったような気持ちさえしていた。そっと病室をのぞき込むと、先生がベットの中の小さな健太クンを大切な宝物のように介抱{かいほう}していた。桜本先生はマドンナから、やさしいママになっていた。
それから23年後の今、健太クンは就職し上京、お台場を案内しながらランチを二人で食べた。
生後3か月の健太クンと会い、以後も年に1度くらいは遊びに行き、おいしい寿司をご馳走になった。同級生の萩原(仮名)が車の免許を取り、いい気になって中央高速を走り、白バイに停止命令を受けたことも、いまでは笑える思い出になっている。萩原と二人でその瞬間、顔面蒼白になった日が懐かしい。
桜本先生からは健太も弟の将成(仮名)も、かつおと萩原が小さいころから関わってくれたおかげで、いろんな人に対して差別意識を持つことなく育ってくれたから本当に感謝していると、今でも言われる。
ただ、ぼくにしても萩原にしてもそんな大そうなことをしたつもりはない。連休などにレジャー気分で遊びに行っていただけだ。
今回にしても健太クンが東京で就職したのだから、まるで父親きどりで、なにかあったら力になってやりたいと思った。
こんな時代、自分にも健太クンよりは社会経験があるはすだ。
お台場の、あふれる人びとの中で、ぼくと健太クンはあちこち見てまわり楽しい休日を過ごした。
そこにいた誰も、こんな二人の「いい関係」を知る人はいないだろう。
中村勝雄なかむらかつお
小学館ノンフィクション大賞・優秀賞 作家
現在、作家として純文学やエンターテイメント小説、ノンフィクション・異色のバリアフリー論を新聞・雑誌などに発表。重度の脳性マヒ、障害者手帳1級。 <小学館ノンフィクション大賞優秀賞受賞のことばより…
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