尖閣諸島の国有化を巡って激しく反発する中国。先方に言わせれば、せっかく「棚上げ」にしてそっとしてあったものを、わざわざ国有化してかき回すのかということだ。日本が動けば中国も動かざるをえない。そして要求することは最低限「原状回復」、すなわち国が借り上げてそっとしておいた状態に戻すということになる。
民間人と売買契約を結んですでに登記もすませた以上、「原状回復」は日本政府にとってできない相談である。「日本の国内法に基づいてやることに口を出すな」という言い方があるが、他の場合ならともかく、外国に対して刺激を与えることであればそうはいかない。石原東京都知事は、中国の反応まで見越して、この際、尖閣の領有をはっきりさせてしまおうということだったのかもしれない。
それはともかく、日本と中国の間では、歴史問題も絡めてとかく政治問題が社会問題になりがちだし、さらに経済問題へも発展する。2010年には中国がレアアースの出荷を抑制したし、今回は日系企業が焼き打ちされた。そうした中国市民の感情爆発は一部の人々であるとしても、だからといって許容できるものではない。
中国に進出している日本企業は2万社を超えている。投資金額でいえば63億ドル、中国に進出した外資(香港資本も含む)の中では5.5%を占め、香港、台湾に次いで第3位だ。これらの日本企業がすぐさま脅威にさらされるわけではないが、少し長い目で見れば、中国はもはや直接投資をする国として最適とは言えなくなっている。人件費はどんどん上昇しているし、賃金紛争の数も増えている。それに激しい暴動といったカントリーリスクを考えれば、企業が中国投資に二の足を踏むのは当然だろう。
もともといかに中国経済が強大であるとはいえ(実際、通常の為替換算では日本を抜いたばかりの中国だが、購買力平価での換算で言うと日本の2倍近い)、政治体制は日本とはまったく違う国だ。権力構造には不透明な部分も多くあり、さらに役人の汚職も多い。民主主義が絶対とは言わないが、少なくとも政治の透明性はビジネスの上でも絶対条件だと思う。
日本の官僚も外国のビジネスマンには評判が悪かった。法律に基づかない「指導」や「規制」があるからだ。日本の場合、外国の資本がそれほどなくても経済が回ってきた。今でも日本への直接投資というのは先進国中で最低の水準である。しかし政治的な理由(二国間の対立)を経済に持ち込むことはしない。それは基本的なルールなのである。
ロシアが2006年にウクライナへのガス供給を停止したことがある。価格交渉が折り合わなかったからだが、実はその前にウクライナで親西側政権が誕生し、ロシアに背を向けたことが背景にあった(価格交渉と言っても、50ドルから230ドルへの引き上げというのは交渉にはなるまい)。そしてロシアの外交官に、なぜエネルギーを外交の駆け引きに使うのかと質問すると、日本だってODA(政府援助)を政治の道具にするだろうと切り返された。エネルギーという「商品」とODAという国の援助とは性格が違うと思うが、この外交官には分かってもらえなかった。
ここしばらくの間、日本企業はカントリーリスクを忘れてきたのではないかと思う。とくに大きな問題はなく、中国は13億人の市場という見方が支配的だったからである。人口を考えれば、そして何と言っても日本の隣国であることを考えれば、中国という生産基地であり市場である国に進出しない手はない。しかし、中国はある日、牙をむく国なのかもしれないのである。実際、今回の騒動の最中には、「日本に原爆を投下しろ」と書いた中国の新聞もあったと報道されている(英エコノミスト誌)。
つまりわれわれは中国という国は、われわれの「常識」(それがどこでも正しいとは言えないのかもしれないが)を共有していない国としてもとらえておかなければならないということである。そしてそのリスクをヘッジするためには、日本企業はASEANやインドといった他のアジア諸国まで大きく目を広げる必要があるということをもう一度、ビジネスマンも政治家も肝に銘じる必要がありそうだ。
藤田正美ふじたまさよし
元ニューズウィーク日本版 編集長
東京大学経済学部卒業後、東洋経済新報社にて14年間、記者・編集者として自動車、金融、不動産、製薬産業などを取材。1985年、ニューズウィーク日本版創刊事業に参加。1995年、同誌編集長。2004年から…
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