懸案だった消費税引き上げ問題。安倍首相は予定通り、10月1日に来年4月から8%に引き上げを実施することを発表した。アベノミクスの第1の矢、第2の矢がいちおうの成功を見せて、今年第1四半期、第2四半期とGDP(国内総生産)成長率が年率換算で4%前後にもなった。それに懸案のデフレ解消にしても物価はプラスに転じている。(もっとも安倍政権が誕生したのが昨年12月末だから、アベノミクスのおかげで第1四半期の成長率が回復したとはなかなか言いにくいだろうが)。
それでも不安がないわけではない。消費税の引き上げは景気にとってプラスにはならない。引き上げ前には駆け込み需要があるとしても、引き上げ直後には当然その反動が来る。しかも物価がプラスといっても現在の物価上昇が需給ギャップを解消してバランスが取れてきた上での物価上昇なのかというと、そうではない。エネルギーコスト(電気代)などが上がって、それに伴う物価上昇だ。言い換えれば「悪い物価上昇」である。
ただ政府の借金残高が1000兆円という数字を考えたとき、このまま日本政府が1%を下回るような金利で国債を発行できるのかという懸念はどうしても膨らむ。たとえ消費税が再来年10月に10%になったとしても、それによる増収効果は今と比べて年間で10兆円前後。日本政府にとって毎年不足している税収は23兆円ぐらいだから、その半分弱しかカバーできない。
一方で、社会保障費用は年々膨らむ。最大の要因は、突出した数の団塊の世代(1947年から49年生まれ)がすでに65歳を超えてきたこと。70歳代に入る2017年ぐらいから、医療や介護にかかる費用が急増してくることは目に見えている。現在の医療費は年間40兆円弱だが、このまま行けば50兆円は目前と言ってもいい。
見方を変えれば、医療も「サービス産業」だから医療費が増加するということが一概に悪いとは言い切れない。しかし問題は、誰がその増える医療費を払うのかという点にある。介護も同じことだ。健康保険の財政はほとんどの台所が火の車。保険料を引き上げることができるならまだやっていけるだろうが、それも難しい(保険料を負担する人が減ってくる、あるいは高齢化する)なら、財政的にもたない組合も増えてくる。
観光医療のように、海外の富裕層に日本の高度な医療サービスを提供するというのは成立する。それは高額の医療費を「お客」が払ってくれるからだ。しかし支払ってくれる相手が、日本の高齢者の患者だったり、保険組合だったり、国や地方自治体ということになると、当然限界がある。たとえば患者の窓口負担を現行の3割から4割にするとか、保険料をさらに引き上げるということは可能だろうか。組合もこれ以上支払が増えると財政がもたない。国や地方自治体はすでに年間10兆円を超える負担をしているし、黙っていても増えていくので、それを上乗せするのは難しい。
ということになると、基本的にこれから必要なことは、医療や介護、年金といった社会保障を当面、いかに切り下げるかという話にならざるをえない。すなわちこれからの日本は、とりわけ団塊の世代(私もその一人である)がさらに高齢化してくる前に、社会保障の給付切り下げを打ち出さなければ、消費税をいくら引き上げても足りないという事態に陥るのである。
安倍首相は、もともと消費税の引き上げには懐疑的だった。いわゆる「上げ潮派」だからだ。上げ潮派とは、経済を成長させれば税収は増えるので増税しなくてもいいと考える人々である。政党としては「みんなの党」が典型だが、どこの政党にもそう考える人々はいる。その論理自体が間違っているわけではない。問題は、日本経済を成長させるにはどうしたらいいかがよく見えないところだ。
いわゆる「岩盤規制」を撤廃すればいいのか、人口を増やさなければならないのか、技術革新を推進しなければならないのか、それとも海外からおカネを引っ張ってくる(観光客や企業を誘致する)のか。おそらくそのすべてをしなければ日本経済はよくならない。人口が増えているならば、経済にとっては「人口のボーナス」がある。日本の高度成長期がまさにそうだった。しかし今はボーナスはなくむしろマイナスボーナスになる。
その状況を打開できるのかどうか。東京オリンピックはたしかに一つの材料ではあるが、それでこの高齢化社会の問題の大半が解決できるようなものではない。アベノミクスの正念場はこれからだ。
藤田正美ふじたまさよし
元ニューズウィーク日本版 編集長
東京大学経済学部卒業後、東洋経済新報社にて14年間、記者・編集者として自動車、金融、不動産、製薬産業などを取材。1985年、ニューズウィーク日本版創刊事業に参加。1995年、同誌編集長。2004年から…
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