日本を含めた12か国によるTPP交渉も大詰めをむかえているようです。TPPに参加すると日本の農業は衰退し、その影響で環境保護や国土保全が後退するのではないかと懸念されています。
今回はTPPの農業関連産業への影響と課題にいついて考えてみます。細かく見てみますと同じ業界内でも分野ごとに影響は違います。
■TPPと食品原料産業
製粉原料の小麦の約89%、製油原料の菜種や大豆の約93%は輸入に頼っています。小麦のふすまや大豆のミールなどの副産物が飼料用に使われており、その売上を前提にして主産物の販売価格が決まっています。TPPによって関税が撤廃されて海外の牛肉等が日本に輸入され、国内の畜産業が衰退して飼料需要が減少した場合は、製粉や製油産業に与える影響は大きくなります。
TPP交渉において日本政府は米、麦、牛・豚肉、牛乳・乳製品、甘味資源作物を重要5分野と定め、関税撤廃の例外化を求める方針です。もし、牛肉・豚肉を守ることができず畜産業が衰退すれば、製粉や製油産業に少なからず影響を与えることになるでしょう。
なお、日本政府では重要5分野のうち飼料用や加工品など国内農業への影響が少ない品目の関税を撤廃・削減する方針のようです。関税をすべて撤廃するのではなく、品目の一部を開放して聖域5分野を守ることで、95%程度の自由化率が達成できるとしています。撤廃対象の品目を生産する農家に対しては、収入減に応じた補助金などで支援策を講じることになるでしょう。
■TPPと加工食品産業
TPPによって関税が撤廃されたり低くなったりして、加工食品の輸入原料の価格が低下すれば加工食品業界にとってはプラスの要因になります。
海外からの輸入品は輸送に日数がかかったり、輸送費が必要になりますので、賞味期限がある国内の加工食品が輸入品に大幅に代わる見込みは極めて少ないです。逆にTPPにより日本の加工食品の輸出や、加工食品企業の海外進出が促進される可能性があります。
TPPにおいては、輸入原材料の関税率および海外製品の関税率の関係を見極めることが必要です。日本では米作農家の転作に小麦が推奨されて来ました。また北海道のテンサイ農家や沖縄のサトウキビ農家の保護のために、小麦や甘味資源作物に対して各種価格維持制度が実施されています。TPPへの加入により各種の価格維持制度が継続されるのか、それとも改革されるのかという今後の動向が重要なポイントとなります。
菓子や飲料などの嗜好品分野に比べて、製造コストに占める原料価格の比重が大きい製粉、製油、製糖、畜産関連業のような素材系食品分野に対するTPPの影響は大きいものとなるでしょう。
■加工食品産業におけるTPPのメリット
①TPPにより原材料の内外価格差が縮小したり、また既存の価格維持制度が解消されることになりますと、製品製造のコストダウンが進むことになります。
②日本以外のTPP参加国での輸入品の関税の撤廃が進みますと、日本からの加工食品の輸出が拡大することにつながります。
③TPPでは関税の撤廃のみならず、外国企業の進出を容易にしたり、もし紛争が起きても早期に解決できる取り決めを事前に明確にしておくなど、海外進出企業への投資環境が整備されます。この結果、日本から輸出や海外直接投資が加速することになるでしょう。
■加工食品産業におけるTPPのデメリット
①関税の撤廃や軽減により原材料コストの低下に伴い製品価格の値下げが進みますと、企業の売り上げ高が減少することになるでしょう。
②各種価格維持制度の撤廃や改革により、小麦や甘味資源作物などの原材料調達の変動性が増大することになります。
③TPPにより日本国内の農業や畜産、酪農の変化が、製粉や製油等の原材料産業に影響を及ぼし、その結果特定の原材料を確保できず生産活動に制約を受ける事態も考えられます。
④TPPが日本農業全体に与える影響で地域農業が衰退すれば、地域の名産品等の加工食品産業が後退する要因になります。
⑤一部の加工食品分野において安価な海外製品が国産品と代替したり、国産品の低価格化が進行することも懸念されます。その結果、海外製品による代替に伴う需要の減少に直面したり、一部の2次加工メーカーにおいては衰退する可能性があります。
■加工食品産業の今後の対策例
①TPPにより安い海外の原材料や製品が国内に入りうることを考慮しますと、まずコストダウンへの企業努力が大切です。
②高付加価値分野へシフトすることにより、差別化した製品の製造や、企業競争力の強化につながります。
③従来から独自技術を持っている場合は、その技術を一層活用した企業活動が望まれます。
④地域の農業生産者との緊密な連携により、様々な消費者ニーズへきめ細かく対応することにより競争力を増すことができます。
⑤日本においては食品の安全・安心に対して高い消費者意識が存在します。この日本の食文化に十分に対応したり、また最近の健康志向ニーズを積極的に取り込む製品つくりが期待されます。
■食品等の輸出倍増計画
政府の農林水産業・地域の活力創造本部では、日本の農産物や水産品、食品等の輸出倍増計画を打ち出しています。たとえば、味噌や醤油などの加工食品の輸出量を2012年に比べて2020年には3.8倍に、米、米菓、日本酒などの米や米加工品の輸出量を4.6倍にする計画です。
この計画の推進のためには、食品加工産業等に対して政府よる様々な支援政策が実施されることと思います。食品加工産業においては、TPP制度のメリットを活かすとともに、国や地方自治体からの支援を活用しつつ、新たな展開を図られることもご期待致します。
進藤勇治しんどうゆうじ
産業評論家
経済・産業問題、エネルギー・環境問題、SDGs、コロナ問題をテーマとした講演実績多数! 経済・産業問題やエネルギー・環境・災害問題、SDGs、コロナ問題などについて最新の情報を提供しつつ、社会…