2013年、アベノミクス第一の矢、第二の矢によって、日本経済の明るさが増した。それを否定する者は誰もいないだろう。とりわけ「異次元の金融緩和」は、紛れもなく円安をもたらし、株価を上げるのに効果があった。
しかしこのまま走るわけには行かない。もともと今の金融緩和は「異常事態」なのである。経済がデフレという異常事態だったし、世界的にはリーマンショックという未曾有の「金融ツナミ」(グリーンスパンFRB元議長)という異常事態だったから、中央銀行も非伝統的手段で対応せざるをえなかった。
白川前日銀総裁は、非伝統的手段(量的緩和)に慎重な姿勢であったのに対し、黒田現総裁は積極的に行った。しかし市中に現金があふれれば、それはやがて何かの資産に向かう。すでに株価が上昇した。土地も値上がりするかもしれない。それが実体経済の上昇につながればいいが、そこがそう簡単ではない。
アメリカのFRBが雇用水準を見ながら、量的緩和の縮小を判断しているのは、実体経済の動きが雇用に反映してくれば、回復力が本物だと考えているからだ。そしてFRBは量的緩和の縮小にのりだした。金融機関から毎月850億ドル買っていた国債などの証券類を、1月から750億ドルにし、2月からは650億ドルにすることを決めた。もちろんわが日銀はまだ縮小する状況にはない。
デフレから脱却したとはまだ言えないし、円安による採算の改善で企業業績が回復しているとは言っても、賃上げにつながるかどうかは今年の春闘を見なければはっきりしない。それに4月に引き上げられる消費税の影響も出るだろう。
しかし異常事態をこのまま続けるわけには行かなくなりつつある。先日、驚愕の数字が発表された。2013年の貿易赤字が11兆円を超えたのだという。これで3年連続の赤字だ。貿易赤字が増えても、すぐに日本経済の海外とのやり取りを示す経常収支が赤字になるわけではない。所得収支というものがあるからだ。それは日本企業などが海外に投資したものから生まれる所得である。その金額は海外への投資を増やすにつれて膨らんでいる。現在では年間14兆円を超えている。そのため、貿易収支が大幅に赤字になっても、経常収支まで赤字にならずにすんでいる。
もしここが赤字になるような状況になれば、何が起こるか。1000兆円を超えた日本政府の借金を調達するための国債発行に大きな支障が出る懸念が強まる。なぜなら経常収支が赤字になるということは、日本が自分たちで国の赤字を補填できないことを意味するからだ。あるヘッジファンドの人と話したとき「そのタイミングを狙っている」と語っていた。
GDPの2倍という借金を政府が背負っているのに、いまだに金利1%未満で10年も借りることができる国。その状態をいつまで保てるのか、少なくともそう安定している話ではない。そのリスクがあるということが分かっているから、メガバンクは保有する日本国債の残存期間を短くしてきた。償還まで長ければ、国債の相場が下落したときの損失額が膨らむからだ。
日本経済にとって必要なのは、規制緩和によって新しい産業を生み出すことしかない。それがなければ人口減少がもたらす需要減少をカバーして経済を成長させることはできない。もちろん安倍政権もそのことは十分に承知しているはずだ。今年3月には成長戦略の行程表を発表し、6月にはさらに細目を詰めた成長戦略を発表するという。
ただ成長戦略がその効果を発揮するようになるまでには時間がかかる。黒田日銀総裁は、それまではなんとしてでも金融緩和で日本経済を支えるという決意だろうが、一方で日本の製造業の構造変化に伴う経常収支の悪化という「後門の狼」が迫ってきた。
果たして時間切れで寄り切られてしまうのか、それとも土俵際で驚異の粘り腰を見せるのか、今年は日本経済にとって正念場だ。
藤田正美ふじたまさよし
元ニューズウィーク日本版 編集長
東京大学経済学部卒業後、東洋経済新報社にて14年間、記者・編集者として自動車、金融、不動産、製薬産業などを取材。1985年、ニューズウィーク日本版創刊事業に参加。1995年、同誌編集長。2004年から…
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