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世界的に注目され日本も強力に推進するカーボンニュートラルは、関連する技術やビジネスの裾野は極めて広く、新産業の創造やニュービジネスのチャンスを感じさせるものです。
個々の企業が持つ得意分野を活用して新ビジネスを展開するためには、カーボンニュートラルを経済論、技術論からしっかりと理解し、さらには政治論に至る考察が必要です。今回はこのような観点からカーボンニュートラルの本質とビジネスチャンスについて述べます。
世界が取り組むカーボンニュートラル
カーボンニュートラルは温室効果ガスの排出を、削減や吸収でプラスマイナスゼロにすることです。日本では、2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略が策定されています。この戦略は2050年までにカーボンニュートラルが達成されることを目指して、経済と環境の好循環につなげるための政策です。
カーボンニュートラルの推進には必然的に新産業が育成され、また多くのビジネスチャンスが産まれます。カーボンニュートラルを目指す日本のグリーン成長戦略では、2030年で年額90兆円、2050年で年額190兆円程度の経済効果が見込まれています。
さて、産業やビジネスを俯瞰するときには経済論のみならず技術論も必要です。技術論なき経済論、経済論なき技術論は空虚なものになります。カーボンニュートラルは技術論を中心に経済論、さらには政治論も含めて考えないと意義ある理解を得ることはできません。
カーボンニュートラルは二酸化炭素のみならず、メタンなどのすべての温室効果ガスを対象とするものです。日本では二酸化炭素が温室効果ガスのほとんどを占めますので、本コラムでは分かりやすく二酸化炭素の除去を主としてお話しいたします。
図1の左側には2018年の日本における石油や石炭、天然ガスのエネルギー利用と、温室効果ガスの排出の量を示します。日本においてはエネルギーの約4割が発電に、残りは工場の熱需要や自動車燃料、家庭のガスなど非電力分野で使われます。
対して、図1の右側には2050年に温室効果ガスの排出ゼロを目指す概念が示されています。再生可能エネルギーや原子力による発電、また省エネルギーの推進によって、できうる限り二酸化炭素などの温室効果ガスの排出を抑制します。それでも人間の生活や経済活動により相当量の温室効果ガスが排出されますが、それらを上手く回収して処理することができればカーボンニュートラルを達成できます。
図1.2050年カーボンニュートラル、日本の温室効果ガスの排出ゼロ計画 (経産省資料)
電力部門の脱炭素化と、非電力部門の電化が2本柱
カーボンニュートラルの達成には電力部門の脱炭素化と、非電力部門の電化を強力に推進していく必要があります。電力部門の脱炭素化とは、まずできうる限り二酸化炭素を排出しない発電を実施します。もし化石燃料を用いて発電する場合は、発生した二酸化炭素を大気中に放出しないように回収して処分するシステムを選択肢として最大限追求します。
具体的に例をあげますと、まず洋上風力などの再生可能エネルギーを最大限に導入し、併せて再生可能エネルギーを有効に使うために蓄電の大型化や高機能化を図ります。二酸化炭素を発生させない水素発電を選択肢として最大限追求し、水素の総合的な利用システムのために水素産業を創出します。同様に二酸化炭素を発生しない燃料アンモニアの生成、利用のための産業を創出します。
原子力は安全性の向上を図りつつ引き続き最大限活用するとともに、安全性に優れた次世代炉の開発も行います。
非電力部門の電化とは、燃焼により二酸化炭素を発生させてしまう石油やガスなどに替えて電気を使うということです。具体的に例をあげますと、熱需要には水素の活用や二酸化炭素を回収した電力を使い、電力需要の増加に対しては省エネに努めます。
産業分野では水素還元製鉄など、既存プロセスの変革を行います。運輸分野では電動化や、バイオ燃料、水素燃料の利用に努めます。業務、家庭分野では電化、水素化、蓄電池活用を推進します。こうして水素産業、電動自動車産業、蓄電池産業、省エネ住宅産業などの育成を推進します。
並行してエネルギーの有効利用や省エネルギーを促進しなければなりません。そのために情報・計測・通信技術のイノベーションや、デジタルインフラの推進も重要です。具体的には、電力分野ではスマートグリッド(系統運用)、太陽光・風力の需給調整、AI活用、インフラの保守・点検等です。輸送分野では自動運行技術や工場において製造自動化、FA、ロボット等です。業務・家庭分野では、再生可能エネルギーと蓄電を組み合わせたスマートハウスの普及やサービスロボットの活用などです。
CCS、BECCS、DACCSは要の技術・システム
図1の右下の紺色の部分において、どうしても排出されてくる二酸化炭素などの温室効果ガスを何らかの方法で除去しなければなりませんが、それが緑色の部分の吸収・除去です。具体的は、CCSをベースとして、BECCSやDACCSを実用化することです。
CCSとは、Carbon dioxide Capture and Storageの略で、発電所や製鉄所、化学コンビナートなどから排出された二酸化炭素を大気中に放出せず分離・回収して、地中深くに圧入・貯留する技術です。
BECCSとは、バイオマスエネルギーとCCSを組み合わせたシステムです。森林を育てて、その木質燃料を燃やし発電します。発生した二酸化炭素をCCSで地中に返します。BEとはBiomass Energyのことです。
DACCSとは、空気中から直接二酸化炭素を回収してCCSによって地中に返すシステムです。DAとはDirect Airのことです。
増加する二酸化炭素は元々化石燃料として地中に存在していたものですが、BECCSおよびDACCSによって、大気中の二酸化炭素を地中に返すことができます。
これらの技術の経済性についてですが、二酸化炭素を1トン回収するのにかかる費用は、BECCSではおおよそ60~250ドル、DACCSではおよそ600ドルという米国での試算があります。
二酸化炭素の処理費用としては上述のコストは高いものです。しかし地球温暖化から人類を救えるとなると安いものです。技術については常にコスト意識をもって取り組まなければなりません。費用対効果の課題をクリアしてこそ、その技術が社会で使われ、社会に役立つものになります。どのようなものでも研究して新しく開発すればいいというものではありません。世の中はそんなに甘くはありません。経済性なき技術は無に等しいものです。
カーボンニュートラルの本質
実はカーボンニュートラルは必ずしも二酸化炭素などの温室効果ガスの排出ゼロが目的ではありません、それに向けた努力をすることに意義があります。カーボンニュートラルは、世界全体が歩調を合わせて推進しなければなりません。それぞれの国においては、カーボンニュートラルは、個々の企業が達成を目指すものではなく、国や企業、国民が力を合わせて、トータルで達成を目指すものです。
省エネの推進はコストがかりますが、原油等のエネルギー価格が上昇すればするほど省エネを行う経済価値が上がり、促進されます。同様にカーボンニュートラルの実現にはコストがかかりますが、温暖化による経済的影響が大きくなればなるほどカーボンニュートラルは推進されることになるでしょう。
さて、現在EUは厳しい環境規制を実施しており、これをクリアできなければ、世界の企業はEU市場から締め出されます。カーボンニュートラルも同様に、厳しい環境規制を世界規模で推進して、結果として排他的な経済の優位性をEUが目指しているという懸念もあります。
カーボンニュートラルを理解するためには政治論も必要です。しかし、そのような政治論をしっかりと教えてくれるビジネススクールも無ければ、もちろん教科書もありあせん。政治の実践を経験し、厳しい国際間の交渉を経験したものでなければ、カーボンニュートラルの深層でうごめく国々の思惑を見抜くことはできないでしょう。このあたりの政治論は、また別の機会にこのコラムでじっくりと述べてみたいと思っております。
地球温暖化から人類を救えるか
地球温暖化問題が世界的な関心事になったには1988年からです。その年の米国大統領選挙で副大統領候補同士によるテレビ討論で、地球温暖化問題が取り上げられました。
実は私は長年、環境やエネルギー問題の対策技術の開発に携わっていました。1988年から地球温暖化の対策技術の開発に取り組みました。その後、国際的な会議や研究集会に参加して、私が1988年から温暖化対策技術に取り組んできたと話をすると、皆が大変驚いていました。私は今も世界で一番はじめに温暖化対策技術に取り組んだ者だと思っております。
さて、私が一番取り組んだのは上述のCCS技術です。回収した二酸化炭素を地中に処理する技術を世界で最初に発表したのは日本のグループです。それは今から約30年前にオックスフォード大学で開催された国際研究集会で発表されました。私はその発表グループのメンバーの一人でした。
現在地球温暖化対策として世界的に注目されているカーボンニュートラルにおいて、CCS技術が二酸化炭素排出プラスマイナスゼロを目指す要の技術となっています。私が長く取り組んだ技術・システムが、現在このように評価され取り上げられていることに対して、30年近くの時を経て、まことに感慨深いものがあります。
進藤勇治しんどうゆうじ
産業評論家
経済・産業問題、エネルギー・環境問題、SDGs、コロナ問題をテーマとした講演実績多数! 経済・産業問題やエネルギー・環境・災害問題、SDGs、コロナ問題などについて最新の情報を提供しつつ、社会…
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