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2022年04月11日

カーボンニュートラルと熱化学水素製造法

地球温暖化対策として2050年・カーボンニュートラルを達成するためには、電力部門の脱炭素化、産業・運輸・業務・家庭部門においては電化、熱需要には水素燃料の利用が今後推進されます。

カーボンニュートラルの取り組みは世界の大きな潮流となっていますが、その実現には多大の困難が伴います。日本においては大量の水素の製造技術が極めて重要ですが、日本では水素の製造および利用に関して長年にわたる研究の蓄積があります。今回は国内で大量の水素を作る技術である熱化学水素製造法についてふれます。

エネルギー安全保障と国内での水素製造

大量の水素を製造する方法として、海外の化石燃料の産地で石炭や天然ガス、石油を改質・ガス化反応により水素を製造することが出来ます。海外で水素を製造するもう一つの方法として、再生可能エネルギーを用いて水を分解して水素を得る方法です。

具体的な例としまして、オーストラリアで豊富に得られる石炭から水素を製造することが出来ます。水素製造の際に発生した二酸化炭素は回収して地中に処分します。また、オーストラリアの砂漠地帯で太陽光発電を行い、その電気を使って水の電気分解で水素を作ることもできます。このようにして得られた水素を液化したりアンモニアやメチルシクロヘキサンなどに変換してタンカーで日本に運びます。

上述の方法は外国に全てを依存した水素製造法です。今般のロシアのウクライナ侵攻により原油が高騰するのを目の当たりにして、エネルギー自給率を高めることの重要性が痛感されます。エネルギー安全保障という言葉がありますが、これは、「国民生活、経済・社会活動、国防等に必要な量のエネルギーを、受容可能な価格で確保できること」を意味します。しかし、日本のエネルギー自給率が約11.8%(2018年)と諸外国に比べて極めて低い状況では、エネルギー安全保障が十分に確立されているとは言えない状態です。

カーボンニュートラルを推進していくためにも、またエネルギー安全保障の観点からも、日本国内で大量の水素を製造できることが望まれます。水素が十分にあれば、容易にメタンガスやプロパンガスなどを製造することも出来ます。

熱化学水素製造技術

国内で大量の水素を製造する方法として、熱化学水素製造技術があります。この方法は原子力の高温ガス炉の熱を利用して、複数の化学反応を組み合わせることにより水を比較的穏やかな温度条件で水素と酸素に分解する方法です。

水を直接分解するには4000℃近くの温度が必要ですが、この温度を達成するのは非常に困難です。また、原子力発電で得られた電気を用いて水を水素と酸素に電気分解する方法がありますが、この方法では、熱を電気に変換する段階で50~70%のロスが発生し、電気分解の効率が90%でも、全体で27~45%の効率になります。さらに、電気分解による水素製造では反応速度が遅く、あまりにも沢山のセルが必要になりコストがかさむ課題があります。

熱化学水素製造法は、水の電気分解法の欠点を克服し、原子炉の熱を直接水分解の化学反応に投入してエネルギーロスを省き水素を製造する方法です。熱化学法による水素製造の化学反応は多数見出されていますが、熱効率や反応操作の容易性などが考慮されて選ばれます。現在、日本原子力研究開発機構で研究が進められている熱化学水素製造技術について次に紹介いたします。

熱化学法ISプロセス

熱化学法ISプロセスは、最大900℃の熱源により、ヨウ素(I)と硫黄(S)の化学反応を組み合わせることにより、水を熱分解する水素製造法です。

ISプロセスの化学反応

  • I2 + SO2 + 2H2O → H2SO4 + 2HI  ~100℃  (ブンゼン反応)
  • 2HI → H2 + I2           ~500℃  (HI分解反応)
  • H2SO4 → SO2 + H2O + 0.5O2    ~900℃  (H2SO4分解反応)

3つの反応を組合わせることで、水を熱分解するために必要な温度を、直接熱分解に必要な4000℃から900℃以下まで低下させることが可能となり、高温ガス炉などの熱源を用いて水を分解することが出来ます。反応に用いられるヨウ素や硫黄はプロセス内で循環するため、プロセス全体では水を分解して、水素と酸素のみを生成することが出来ます。図1にこのプロセスの概要を示します。

図1.熱化学水素製造・ISプロセスの概要 (資料:日本原子力研究開発機構)図1.熱化学水素製造・ISプロセスの概要 (資料:日本原子力研究開発機構)

熱化学水素製造法の回想

私は国の研究所で35歳ごろまで10年以上、熱化水素製造技術の研究に従事しました。当時1970年代は、第一次、第二次オイルショックがあり、日本が必要なエネルギーを確保ができるのかどうかと大変危惧されるような時代でした。エネルギー資源をほとんど持たない日本は、産油国に対して土下座外交と揶揄されるような屈辱的な試練を経験しながら、原油の確保に努めました。

原子力発電では電気は作れますが、石油や天然ガスに代わるエネルギーは作れません。大量の水素を作ることが出来れば、メタンガスやプロパンガスも容易に製造できます。当時日本政府も熱化学水素製造法の研究開発に相当の予算を付けました。しかし、中東で大きな戦争や紛争が無くなり、石油が安定して日本に輸入されるようになりました。やがては熱化水素製造法の研究は通産省では終了しました。

2050年・カーボンニュートラルの実現に向けて、水素社会の構築は必須の条件です。さらに、ロシアのウクライナ侵攻で、世界のエネルギー事情が極めて不安定、流動的になることが予測されます。エネルギー資源の乏しい日本では、エネルギー自立を目指して海外ではなく国内で大量の水素を製造することが大いに期待されます。

私が熱化学水素製造法の研究に初めて従事してからもうすぐ50年になります。熱化学水素製造法の意義や価値が再認識されている現在の状況に直面し、感慨深いものがあります。厳しい国際情勢の中、日本においては地に足が付いた、国民が安心して暮らせるエネルギー政策の遂行を期待致します。

進藤勇治

進藤勇治

進藤勇治しんどうゆうじ

産業評論家

経済・産業問題、エネルギー・環境問題、SDGs、コロナ問題をテーマとした講演実績多数! 経済・産業問題やエネルギー・環境・災害問題、SDGs、コロナ問題などについて最新の情報を提供しつつ、社会…

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