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コラム 政治・経済

2014年10月06日

債券王が突如辞めたことの意味

総資産で200兆円を軽く超えるPIMCO(パシフィック・インベストメント・マネジメント・カンパニー)の共同創業者で、43年にわたり同社を率いてきたビル・グロス氏が突然辞任した。9月末はこの話題で金融業界は持ちきりだったといっても過言ではあるまい。

辞めた原因はいろいろ言われているが、最も大きな理由は債券取引で長い間、ライバルをしのぐ成績を上げてきたグロス氏の「神通力」が薄れてきたというところだろうか。

イギリス政府にけんかを売って勝負を挑んだ2010年。イギリスは「ニトログリセリンのベッドに座っているようなもの」として、債券相場は値下がりし、利回りが上がると踏んだ。しかしイングランド銀行が国債を銀行から買い上げたために、結果は逆に動いて損失を被った。今年のこれまでの成績も債券ファンドの下位5分の1にランクされるという不成績ぶりである。投資家が巨額の資金を引き揚げたという話もある。

もちろんカリスマであるグロス氏が辞めたことでPIMCOから投資家が逃げるという側面もある。同社は引き止めに懸命のようで、今のところ大きな影響はないとしている。

問題はなぜグロス氏の神通力がなくなったのかということだ。もともとグロス氏の債券投資は奇をてらうようなものではなかった。イギリス政府にけんかを売ったのも、量的緩和などを長く続けられるものではないというまっとうな感覚だ。

米FRB(連邦準備理事会)はいわゆる量的緩和を今年10月で止めるとし、これ以降は金利の上げ下げに戻る方針だ。しかしECB(欧州中央銀行)にせよ日銀にせよ、この非伝統的緩和手段を縮小させる見通しは立っていない。つまり、市場にほぼ無制限に資金を供給しているのである。

しかも問題は、日本の場合、政府が発行する国債の残高が国内総生産の2倍を超えるところまでに達しており、増える勢いに多少はブレーキがかかるかもしれないが、まだまだ増え続けるということだ。

いまでも日本政府の「純赤字」は20兆円を超える。これは消費税の国税分だけで考えれば10%分である。つまり4月から3%引き上げたと言っても、1年で6兆円ぐらいの増収効果しかない。

しかも今年の予算編成では「社会保障関連費も含めて聖域なきカット」と首相は力んでいるが、現実に医療費を削ったり、社会保障を削減したりすれば支持率は落ちる。大きな選挙を控えていれば、そうごりごり節減策を進めるわけにもいくまい。まして今年中には来年10月の消費税引き上げについて決断しなければならない。

実は歳出カットはそう簡単ではない。実際、カットしなければならないのは、国の予算で最大の支出項目である社会保障関連費である。これは30兆円と政策経費のほぼ4割を占める。この部分は人口の高齢化に伴い、毎年1兆円ずつ自然に増えるのである。

このような財政が逼迫している状況で、いつまでも10年国債を0.6%ぐらいの金利で発行できるわけがない。それが外資系を中心とする債券ファンドの読みだっただろう。JGBと呼ばれる日本国債はその意味でいつも売られる存在だった。そう考えるのは自然なことだし、グロス氏もそう考えていただろう。

しかしここ数年の世界の動きは、少なくとも当面は金融緩和で市場にじゃぶじゃぶ資金を流しても、急激にインフレ圧力が高まり、結果的に長期金利が急上昇することはないということを「実証」してきたのである。

そうあって欲しいと思う。なぜなら日本もEU(欧州連合)も、いま金融というつっかい棒を外したら、ほぼ間違いなく経済はマイナス成長に落ち込むからである。しかしこのまま量的緩和を続けた場合、いつかは市場から強烈なしっぺ返しを食うのではないか。それもまた恐ろしいところなのだ。

市場が国債の入札価格を引き下げる(もっと金利がなければ買ってやらない)という姿勢に転じたとき、国債相場は暴落し、長期金利は高騰する。国債を保有している金融機関は評価損を被り、融資を削ることになり。その被害をまともに受けるのは地方の金融機関の融資を受けている地方の中小企業だ。そうなったら「地方創生」どころではない。

もう一つ注意しておかなければならないのは、こうした国債暴落の動きが始まったら、政府が何を言おうが市場は聞く耳を持たない。対策といってもやれることはほとんどないのである。

御嶽山ではないが「火山性微動」が日本経済でも始まっている。その一つがこのところ急激に進んだ円安だ。「円安は輸出企業にプラス」とお題目のごとく唱えていても、実際にはエネルギーを始めマイナス要因も多い。

日本経済がどうなるか、この秋は目が離せない。イギリス政府にけんかを売ったグロス氏なら、日本政府にもけんかを売るだろうか。

藤田正美

藤田正美

藤田正美ふじたまさよし

元ニューズウィーク日本版 編集長

東京大学経済学部卒業後、東洋経済新報社にて14年間、記者・編集者として自動車、金融、不動産、製薬産業などを取材。1985年、ニューズウィーク日本版創刊事業に参加。1995年、同誌編集長。2004年から…

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