国が債務危機にあえぐギリシャ。今年1月、緊縮政策の継続は無理だと主張した急進左派のチプラス政権が誕生して以来、ギリシャと金融支援を行ってきたトロイカ(EU、IMF、ECB)との間で厳しい交渉が行われてきた。2000億円ほどの借金の返済期限が6月末に迫る中で、とうとうギリシャと債権者側は財政再建策で折り合うことができず、チプラス首相は来月に国民投票を行うと表明した。これに対して、トロイカは債務返済期限の延長を拒否。この原稿を書いている時点では、ギリシャが返済不能に陥る可能性が高まっている。
どう転んでもギリシャ国民にとっては辛い話だ。統一通貨を使うユーロ圏にとどまるのなら、緊縮政策(増税と年金を中心とする歳出削減)を取らざるをえないし、ユーロから離脱することになれば、今度は市場で国が資金を調達しなければならない。通貨ドラクマに戻るにしても、ユーロとドラクマの交換比率をどうするかで、国の借金の重みは大きく変わるし、当然のことながら観光などの国際競争力も変わってくる。冷たく言ってしまえば、進むも地獄、退くも地獄なのだと思う。
4人に1人が失業し、なかでも若年労働者は2人に1人が失業している。さらに年金カットとか、解雇となれば社会も不安になるだろう。当然、主力である観光業にも悪影響が出る。しかも若くて有能な人々はどんどん他の国に流れる。
ギリシャがユーロから離れても、それで統一通貨ユーロががたがたになるということはあるまい。むしろ重荷がなくなるという意味ではプラスかもしれない。
しかし実はそれで解決ということにはならない。ギリシャを始めとする債務危機は、構造的なものであるからだ。構造的というのはギリシャが「働かない」国だから債務危機に陥ったとは言えないということだ。
もともとユーロ圏に参加するということは、その国が参加した時点での経済の状態を前提に、ドイツやフランス、フィンランドなどの他の国と「固定相場」になるということに他ならない。変動相場制の利点は、経済状況の差異を為替で調整するというところにある。日本の経済が良くなれば、円は高くなるし、景気が悪くなれば円は安くなる。円高になれば競争力が落ちて、経済は下降局面に入り、また円安になれば競争力が向上して景気にプラスの影響が出る。
しかしユーロに加われば、最初に自国通貨をユーロに換算した時点から「域内固定相場」になる。つまりドイツなどの経済大国とギリシャは固定相場で取引してきたということだ。そうなったらギリシャが勝てるはずがない。当然のことながら国際収支は苦しくなり、財政も苦しくなる。
さらにユーロ圏以外の地域との取引では、ドイツなどを含むユーロ圏の競争力を前提とした相場になってしまうので、結果的にギリシャにとってはかなり不利になってしまう可能性もある。
日本国内で考えても、競争力の強いたとえば愛知県と競争力の弱い高知県が統一通貨円の下で取引をしている。当然のことながら愛知県の「県際収支」は大幅黒字で高知県の収支は赤字だろう。それを放置すれば、高知県は税収が減り住民に対するサービスが愛知県と同じようにできなくなる。
だからこそ日本では地方交付税交付金という制度があり、そこで富の再分配を行っている。その総額は毎年16兆円ぐらいだから、年間GDP(国内総生産)の3%ほどということだ。東京都という組織で見ても、裕福な区と税収が足りない区がある。それは東京都が調整しているのだ。
ユーロ圏でもこうした富の再配分機能をつくるという動きがあるが、これがなかなか難しい。勤勉な国とそれほど勤勉でない国があるとする。なぜアリがキリギリスを助ける義理があるのか。豊かな国はそういって反発する。自助努力でやるべきだというのだ。
しかし実際には、豊かな国は「勤勉さ」だけで豊かになったわけではない。固定相場で域内に輸出してきたし、そもそもユーロの対ドル相場や対円相場は、ユーロ圏諸国総体を元にした相場だから競争力の強い国にとっては幾分か有利なはずだ。その意味では、統一通貨を守ろうとすれば、富の再配分はどうしても必要だ。そうでないとギリシャがユーロを離脱すれば、必ず次の弱い環となる国が生まれ、今度はその国が債務危機に陥る可能性がある。実際、ポルトガルは「次はわが国か」懸念しているという。
今後、EUが通貨から金融制度、富の分配、財政政策と国家の「統一」につながる動きを強めていけるのかどうか。とりあえずはギリシャ問題の処理が分水嶺となる。
藤田正美ふじたまさよし
元ニューズウィーク日本版 編集長
東京大学経済学部卒業後、東洋経済新報社にて14年間、記者・編集者として自動車、金融、不動産、製薬産業などを取材。1985年、ニューズウィーク日本版創刊事業に参加。1995年、同誌編集長。2004年から…
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