コロナ禍、ウクライナ戦争、長引く円安、イスラエル-ハマス戦争等、日本を取り巻く環境は依然厳しいものがあり、産業および国民生活ともにエネルギー高で苦しんでいます。今回は原油の価格の動向と今後の見通しについてふれてみます。
原油価格の理解
原油価格は普通、1バレルあたり何ドルと表示されます。バレルの語源は樽であり、159リットルの体積を意味します。原油価格は通常、ニューヨークで取引されるWTIの価格がよく使われます。WTIとはWest Texas Intermediateのことで、米国テキサス州沿岸部の油田で産出される原油の総称です。原油取引は現物ではなく、13ヶ月先の先物取引きです。ニューヨークの他、中東のドバイや北海油田のブレントの原油価格も有名です。これらの価格は連動します。その他のエネルギーとして石炭や天然ガスありますが、これらの価格も概ね原油価格に連動します。
なお、日本の石油会社などは個別の長期契約で購入しており、WTIなどの市場価格と異なる場合が多いです。石油会社等がその月に輸入した原油がどういう価格で購入されたかは公表されております。
原油価格も基本として需要と供給のバランスで決まります。しかし、戦争や紛争による政治的要因、また世界のグローバル化による経済的要因なども大きく関係します。コロナ禍、ウクライナ戦争など、今世界は激動の時代に直面しています。目まぐるしく変化するエネルギー価格の動向について的確に把握したり、将来予測できることが期待されます。その能力を持つためには、以下のことができることが望まれます。
(1)これまでの原油価格の変化・推移を理解できる。
(2)現在の原油価格を説明できる。
(3)今後の原油価格の動向を予測できる。
原油価格の動向を的確に理解するためには、(1)経済に関する知識の他、(2)原油生産に関する技術的知識、および(3)世界の変化に関する政治的な知識を持っていることが必要です。これらの知識を十分に持つことにより、原油価格の動向を正しく理解したり、見通しを立てることができます。
原油価格における統計的な数値のみで議論している評論家が多いですが、上述の知識のうち(2)と(3)を十分に持ち、原油価格について深みのある論評を行っている評論家は、残念ながら極めて少ないです。
原油価格の推移
本稿では過去から現在までの原油価格の推移について、次の三つに分けて概要を説明します。
(1)1970年~2000年:主に中東での紛争が原油価格を上げる
(2)2000年~2014年:主に経済的要因で価格が変動
(3)2014年~現在:コロナ禍、ウクライナ戦争やイスラエル-ハマス戦争等の激動期
厳密に議論しますと原油価格は多数の要因により変動いたします。本稿では主要な要因に着目して原油価格の推移を考えてみます。なお、原油取引きは国際的な売買ですので、ドル円の為替レートの変動も考慮しながら理解する必要があります。
1970年~2000年頃の原油価格の推移
1973年の第四次中東戦争が原因で第一次オイルショックが起き、その結果、2ドル/バレル程度であった原油価格が約10ドル/バレルに上昇しました。さらに、1979年のイラン革命が原因で第二次オイルショックが起きました。イラン革命の後、イラン-イラク戦争が勃発して、原油価格が30/バレル程度まで高騰しましたが、1985年頃に原油価格は10ドル/バレル程度に落ち着きました。
上述の高騰は、いずれも主に紛争当事国での原油の生産が滞ったためです。その後、1990年の湾岸戦争のときに一時的に高騰しましたが、原油価格は20ドル/バレルを上下し、安定した価格が2000年頃まで続きました。
2000年頃~2014年の原油価格の推移
この時期は中国などの新興国が台頭し、原油需要が増加しました。経済がグローバル化する中、世界経済は成長、発展しました。得られた莫大な利益は株への投資に回り、世界の株価が上昇しました。株価が十分に上がった後、次の投資は原油の先物取引に回りましたが、投資と言うよりも投機に近い情況でした。原油価格は高騰し、2008年7月には史上最高の高値である145.29ドル/バレルに達しました。しかし、2008年9月のリーマンショックにより、原油価格は短期間に40ドル/バレル近くまで暴落しました。
その後、世界経済の回復とともに、2010年頃には原油価格は80ドル/バレルから100ドル/バレル程度まで上昇します。この高値が約4年間続きますが、このような高値になりますと、シェールガスのように採掘にコストのかかるエネルギーも生産しても経済的に利益が得られます。シェールガスがもてはやされたのはこの時代でした。
図2 原油価格の推移2
2014年~現在
ウクライナとロシアの政治的対立が激しくなり、2014年にロシアはウクライナのクリミア半島を、武力を背景に併合しました。それに対してEUやG7の国々は、ロシアの国に対して経済制裁を実施しました。その結果ロシアの通貨ルーブルが対ドルで約半値に暴落し、ロシアは厳しい経済環境に追い込まれました。そこで、ロシアは原油等のエネルギーを増産して外貨を稼ぐことになります。
2010年~2012年にかけて、アラブの春という民主化運動と、その反動による混乱がアラブ世界で起きました。リビヤ等その混乱から立ち直った国々や、イラク戦争の疲弊から国の再建に努めていたイラクが、2014年頃には原油の生産設備が整い増産を始めました。結局、2014年からロシア、リビヤ、イラク等での増産が、原油価格を押し下げることになりました。OPECは原油価格を安定させるために減産に努めますが、大きな効果は現れませんでした。
2019年からコロナ禍が世界を覆いました。人の移動や資材の調達が滞り、原油生産設備の維持、管理が十分に行えず、生産量が減少しました。その結果、コロナ禍の中で原油価格が上昇し続けました。
2022年2月にウクライナ戦争が勃発しました。そのショックは大きく、2022年の夏には原油価格が130ドル/バレルを越えるまで急騰しました。ロシアに対して、EUやG7の国々は極めて厳しい経済制裁を実施しました。ロシアは売れるエネルギーは増産して対処しましたので、2022年の夏以降は、原油価格は徐々に下落しました。
原油価格の今後の見通し例
現在の世界経済を展望しますと、米国と日本が好調であるものの、中国やEUなど世界経済は減速中です。その結果、需要が減って原油価格が下がっています。さらに、ロシアは原油を売るために値引きをしています。このような過程で、現在徐々ではありますが原油価格は下落傾向にあります。
原油価格は基本的には需要と供給のバランスで決まりますので、産油国は価格が下落すると協調して減産し、価格が高騰すると増産を行う場合があります。産油国をリードするサウジアラビアなどは、原油価格が高騰すると世界経済の腰を折りかねず、そうなると、原油の需要が落ち、産油国の売り上げが減ってしまいます。そうならぬような状況が産油国にとって都合が良いわけです。現在ではサウジアラビアの影響力は昔ほど大きくはありません。
なお、過去には中東での紛争や戦争で原油価格の高騰がありました。イスラエル-ハマス戦争に関しましては、イスラエルやガザは産油国もしくは産油地域ではありませんので、今のところ原油価格に大きな影響は出ておりません。しかし、戦争が長期化したり、さらには拡大したりすれば、影響が出てくる可能性があります。
原油価格の中・長期的な見通しとしては、世界経済が発展と共に新興国や途上国を含め需要が増加し、原油価格は緩やかな右肩上がりで上昇していくものと思われます。
現在の世界経済は米国や日本を除いて好調とは言えず、需要が増える情勢ではありません。ウクライナ戦争が続く限りロシアは値引きしてエネルギーを売ることでしょう。最近インドは価格の安い原油を輸入すると表明しています。以上の状況ですので、特に大きな情勢変化がない限り、短期的には原油価格が徐々に下落していくものと予測されます。
さて、原油価格の動向について統計的な数字のみを見て論議したり、評論するだけでは、残念ながら原油価格の動向を的確に理解することはできません。まず、原油生産に関する技術的知識・経験を十分に持つこと、例えば可採埋蔵量や可採年数を正しく説明できることが望まれます。さらに、特定の思想にとらわれず世界の社会状況や政治状況を把握できる能力を持つことも大切です。
原油価格の動向に関する知識や理解力を十分に持ち、原油価格の変動に一喜一憂するのでなく、また原油の高騰に狼狽することなく、確固とした判断力の下で企業経営を進められることを期待いたします。
進藤勇治しんどうゆうじ
産業評論家
経済・産業問題、エネルギー・環境問題、SDGs、コロナ問題をテーマとした講演実績多数! 経済・産業問題やエネルギー・環境・災害問題、SDGs、コロナ問題などについて最新の情報を提供しつつ、社会…
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