このコラムで「生死を分ける」は穏やかではないかもしれない。しかし実際、情報が生死を分けるのである。
30年前、群馬県の御巣鷹山の峰に日航機が墜落した。墜落したのは8月12日午後7時前だというのに、位置が特定されて空と地上の救助が始まったのは翌日朝である。なぜ場所の特定に十数時間もかかってしまったのか。
NHKが特集をやっていた。結論から言うと、自衛隊機が発見していたにも関わらず、時機の位置特定が当時の機械の精度もあって、やや誤差が大きかった。警察は有力な目撃情報があったにもかかわらず、それは多くの情報に埋もれ、かつあまり正確ではない情報がその後の判断を曇らせてしまった。「墜落現場は御座山」という情報である。
峠に登った警察のパトカーと自衛隊のヘリが相互に明かりを確認して位置を特定しようという試みもなぜかうまく行かなかった.行方不明情報が入り、目撃情報やら何やらがあって、それこそ多くの人が夜を徹して日航機を探していたのに見つからなかったのである。
ひとつ興味深い証言があった。現場に出ていた警察官は取材に答えてこういった。「御座山には何もありませんと報告しても、上はそんなことはない。テレビでもそう言っている。もっと探せと命令された」
ここで引っ掛かるのは「テレビでも・・」という言葉である。テレビが何を言おうが、その情報源は多くの場合、警察や自衛隊である。なぜなら一般市民の目撃情報は、よほど信用できないかぎり、「ひとつの情報」にしかすぎない。しかし警察や自衛隊は「情報源」としては確度が高い。だから報道機関は警察や自衛隊から何とか情報を取ろうとする。その結果、何が起こったか。情報が錯綜している警察は「テレビが言っている」情報を頼りにしたということだ。おそらくは警察情報に依拠した情報を警察が「信用した」のだ。そして誤謬が再生産され、正しい位置把握に時間がかかってしまった。
現場には生存者がいた。そして生存者の証言では、他の人の声も聞こえたという。この事故では4人の生存者が出たが、現場にもっと早く着けば、もっと多くの人が救助できたかもしれないということだ。
大きな事故が起きたとき、情報が錯綜するのはよくあること、というより、そういうときは錯綜するものだ。福島第一原発でもそうだろう。現場も原子炉がどうなっているかは把握しきれないし、東京電力の本店は福島がどうなっているか分からない。まして首相官邸は入ってくる情報が正しいかどうかも分からない(だからイライラした菅首相はヘリで現場に飛んで批判された)。
そして最悪なことに、菅政権は原発事故対応の公式記録を取ることを忘れた。官邸の普通の会議室を本部にしたために、危機管理センターなら自動的に録音される記録が取れなかった。いかに原発が切羽つまった状況にあるとはいえ、事故対応の記録を残しておかなければ、危機管理の経験が積み上がっていかない。記録を読み直し、当時の対応が間違っていないかどうか検証が重要であるということは誰にでも分かるような話だ。つまり菅政権は、次へのステップという道をむざむざと失ってしまった。
大事故や大災害ではこういった情報の収集、評価に齟齬が生じやすい。関係機関が多く、情報を判断する上位責任者が誰になるのか、あいまいなまま「関係機関の協力」が行われることが往々にしてあるからだ。
そういった経験を踏まえれば、情報収集のための人員、その情報を分析し、評価するための人員が必要だということは誰にでも分かるはずだ。アメリカのサスペンスドラマなどには情報分析官という役職がよく登場する。情報分析官は関連する情報をできるだけ集め、それを分析して得られた結果を現場の捜査官に伝える。
現場の捜査官は現場で得た情報をすぐさま本部に伝え、より正確な分析をしてもらう。現在の技術でどこまで可能かどうかは別にして、そういった情報分析が、国家戦略にせよ、企業戦略にせよ、極めて重要であることは論を待たない。それなのに、自衛隊にせよ、警察にせよ、コンピュータを駆使した情報分析が協力になったという話はあまり聞こえてこない。別にハッカー部隊を養成せよと言っているわけではない。もっと通常のITオペレーションをやって欲しいだけだ。
ここまでは国など公的機関の話を中心にしてきたが、企業でも同じことが起こっていないだろうか。社員の間での情報共有がおろそかになったり、情報の評価が恣意的になっていないか。もしこうした情報の共有がきちんと行われていれば、東芝のような企業が不正会計に手を染めることもなかったのかもしれない。
藤田正美ふじたまさよし
元ニューズウィーク日本版 編集長
東京大学経済学部卒業後、東洋経済新報社にて14年間、記者・編集者として自動車、金融、不動産、製薬産業などを取材。1985年、ニューズウィーク日本版創刊事業に参加。1995年、同誌編集長。2004年から…
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