地球温暖化の対策技術として、CCS技術の実用化が日本で進んでいます。実は私が国の研究所で務めていた頃、CCS技術の研究開発に携わっていました。現在のCCS技術の隆盛を目の当たりにして、私自身はまことに感慨深いものがあります。今回はこのCCS技術についてふれてみます。
地球温暖化の対策技術の開発に挑戦
1988年の米国の大統領選挙の中で、副大統領候補同士のテレビ討論会が行われました。そこで、地球温暖化問題について議論されました。それ以降、地球温暖化問題が世界的な大関心事になりました。当事私は国立の研究所で務めていました。国立の研究所の役割の一つに、社会や時代の要請に従い、必要な技術開発を行う事です。地球温暖化問題の重大性、緊急性を考慮して、私は地球温暖化対策技術の研究を行う決意をしました。
実は当時私は、地球周回宇宙ステーションや将来の月面基地で人が長期に生活することのできる技術の一部の研究を行っていました。具体的には宇宙ステーションのような閉鎖空間で、呼気から回収したCO2を分解して酸素を得る技術の開発です。この技術を活かしますと、CO2削減、地球温暖化対策につながります。
日本も含め世界の大学、企業、国立研究所などの多くの研究者、科学者により地球温暖を防ぐ対策技術の研究が進められ、地球温暖化から人類と地球を救うのだという情熱が強く感じられた時代でした。多くの研究者や科学者がエネルギーや環境問題に関して、一つの目標に向けて、魂を込めて日夜研究する姿を見ることができたのは、私の経験では1970年代のオイルショック時に、日本の多くの研究者が新エネルギーの研究に没頭したときと、地球温暖化問題の解決に多くの研究者が挑戦のときの二回のみでした。
なお、私は当時地球温暖化対策に関するほとんどの国際研究集会や国際会議に参加していました。これまでのこのような集会は、米国やヨーロッパが会議をリードしていました。しかし、地球温暖化問題については、日本がいつも会議をリードしていました。
その後、国際会議ではよく顔を合わせる研究者らから、Dr. Shindoは、いつから地球温暖化対策技術の研究を行っているのかとよく聞かれました。私は1988年からと答えると、皆が大変驚いていました。私自身は、世界で一番初めに温暖化の対策技術の研究を始めた研究者は、自分ではないかと思っております。
さて、地球温暖化対策として、毎年大気中に排出される大量のCO2をいかに対処するかについて、なかなか決め手になるような方法は出現しませんでした。そのような中、1990年代初頭に英国オックスフォード大学で開催された国際研究集会において、日本の研究者らによって大量のCO2を地中に貯留できることを示され、新しいCCS技術として提案されました。この研究発表は、温暖化対策技術の研究者に大きな影響を与えました。まさにゲームチェンジャーのような様相でした。このCO2の地中処理技術については、実は私は連名発表者の一人でした。
ゲームチェンジャー・CCS技術の開発
地球温暖化に関する研究は大きく分けますと、(1)原因の究明、(2)影響の予測、(3)対策技術の開発、などの3分野があります。私は地球温暖化の対策技術の研究に取り組みました。一番力を入れた研究はCCSです。CCSとは「Carbon dioxide Capture and Storage」を略した言葉で、その名の通り、Carbon dioxide(二酸化炭素)をCapture(回収)してStorage(貯留)する技術のことを意味します。
より詳しく説明しますと、どうしても排出を避けることができないCO2を地中に戻すことにより、CO2を削減しようとすること、及び関連の技術のことをいいます。CCSは現在ではカーボンニュートラルの切り札の一つでもあります。
CCSの具体的な方法をご紹介します。まず、CO2の固定大量発生源である火力発電所や製鉄所、石油コンビナートなどから排出されたガスの中から、CO2だけを分離・回収します。次に、回収したCO2を圧縮して液体状にして、パイプラインなどで地中まで輸送します。たとえば地下の深いところにあるCO2を貯留できる地層へ圧入して閉じ込めます。貯留層の例としまして、隙間がたくさんある砂岩の層や、帯水層があります。これらの地層の上部は遮蔽層で覆われていますので、閉じ込めたCO2が漏れることはありません。
CCSによって例えば砂岩層に埋められたCO2はどうなるのかといいますと、周辺の岩石と反応することで鉱物化しますので、安全性が高い状態で地中に閉じ込めることが可能です。
CCSにより火力発電所や製鉄所などのCO2の大量固定発生源から出るCO2を回収処理して大気中に放出を防ぐことができます。この方法でCO2を処理することにより、石炭や石油、天然ガスなどを今後も使い続けることができます。
さて、1990年代に私はCCSの研究を行っていましたが、当時世間からCCS技術が注目されることはほとんどありませんでした。1990年代頃には、地球温暖化対策と言えば、試験管やビーカーの中でCO2をどう処理するかというような技術ばかりでした。その頃、CCS技術を研究する技術者、科学者は世界中で私を含め極めて少数でした。
2024年、CCS実用化法が成立
2000年代になり、北海道でCCS技術の実証試験が行われるなど、日本において少しずつ、かつ着実にCCSの技術の研究開発が進められました。国内にCCSの研究センターも創られました。
そしてこの度、日本ではCCS技術の実用化に向けて、事業者の許可制度などを盛り込んだ法律が、2024年5月17日に国会で成立しました。法律では、国がCO2をためられる区域を指定したうえで、公募によって選ばれた事業者にCCS事業の許可を与えるとしています。許可を受けた事業者は、CO2を貯めるのに適した地層かどうか確認するため掘削する試掘権や、実際にCO2を貯められる貯留権が与えられます。
上述のような法律が国会で可決されましたが、私がCCSに取り組み始めた頃は、このような時が来るとは思いもよりませんでした。日本が世界に先駆けて本格的なCCS事業に着手することになり、私は感慨深く1988年以来の歳月を振り返っております。
また、地球温暖化についての科学的な研究の収集、整理のための国際的な政府間機構としてIPCCが設立されています。IPCCでは数年間毎に評価報告書をまとめています。最新の報告書は2014年に出されたIPCC第5次評価報告書です。その中に私のCCSに関する研究論文が多数引用されています。今から振り返ると30年以上前の私の研究です。私が携わり、また私が独自に提唱したCCS技術の研究成果が、IPCC報告書で長く引用・記載されることは、私にとって極めて感慨深いものです。
日本各地、さらには世界各地でCCS技術の実用化が一層促進され、地球温暖化防止に大きく貢献することを期待いたします。
進藤勇治しんどうゆうじ
産業評論家
経済・産業問題、エネルギー・環境問題、SDGs、コロナ問題をテーマとした講演実績多数! 経済・産業問題やエネルギー・環境・災害問題、SDGs、コロナ問題などについて最新の情報を提供しつつ、社会…
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