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コラム 環境・科学

2008年09月25日

貸し自転車と水道水

初秋の欧州を訪れた。スコール的豪雨に見舞われている日本とは打って変わり、ここは肌寒いほどの気候である。聞けば、今年の夏は半袖を楽しんだのもつかの間、今はもう朝夕にコートを羽織ってもおかしくない季節への移ろいである。

さて、今度の訪問は温暖化対応で世界のトップを走るEUの企業や役所を訪ね、本音の話を聞くのが目的であった。直に会って話を聞けば聞くほど、なるほど彼らの温暖化への危機感は本物である。そして対応策への本気度も非常に高いのであった。そんな欧州から身近な対応策の話題を二つお届けしたい。

第一は、パリの貸し自転車システムである。その名を「Velib(ヴェリブ)」という。いかにもフランスらしく、「自転車(velo)」と「自由(libre)」の言葉を組み合わせた造語である。昨年7月より正式に運用が始まったが、今ではすっかりパリ市民と観光客の足となっている。

パリの中心部を歩くと、自転車とスタンドと切符自動販売機の三点セットのデポによく出会う。デポが多いということは、好きな場所で借り、好きな場所で捨てられるので、使う方にとっては自由この上ない。貸し出しの期間は半時間から長期の定期利用まであり、これまた自由だ。クレジットカードも使え、観光客にも至極便利である。自転車は粋なデザインで、すぐにVelibの自転車と分かるので盗難防止にもなる。自分で乗っても凄く楽しく、他人が乗っているのを見るのも楽しい。

 2万台の自転車で始まったVelibの利用客は最初の6カ月だけでなんと1,100万人。欧州では自転車は広い市民権を得ているとはいえ、その多さには驚かされる。人々の間に温暖化対策の必要性が認識され、まず自分ができることから始めるという機運の高まりが感じられる。聞けば、自転車利用のパリ市民の間に日常会話が蘇ったそうである。車社会の発展の中でいつしか失ってしまった暮らしの中の大切なものが期せずして復活したというわけだ。

二つ目の話は、英仏海峡を渡ったロンドンからである。滞在中、大企業や役所を数多く訪ねたが、あることに気がついた。お客に出す飲み物の中にペットボトルが出て来ないのである。代わりのものは、大きなピッチャーの水か瓶詰めの水である。中にはわざわざ炭酸水に仕立てたものもある。英国のある世界的銀行が始めたという、水道水を出すサービスはもうロンドン中に広がっているのだろうか。報道によれば、レストランでも今は堂々と水道水を頼むそうである。フードマイレッジからペットボトルが少しずつ遠のき、地元産の水道水を美味しく飲むことが新しい時代の流れになってきたとしたらこんな嬉しいことは無い。

ロンドンの次に訪れたのがアムステルダム。ここはいわずと知れた自転車王国である。車道と歩道の間に立派な自転車道が確保され、多くの市民が行き交う。うかうかしていると自転車に轢かれそうなくらいだ。訪問先で出された水はもちろん水差しの水であった。

自転車と水。いずれも小さなことかもしれない。でも、温暖化への危機感を強める欧州では、市民の間に何かが静かに変り始めたのではないのか。いまだに日本では多くの企業で、遠い外国から運ばれてきたペットボトルをおもてなしとして出している。何かが違う。ふと、そんなことを考えながら出された水を飲むと心なしか違う味がするのである。

末吉竹二郎

末吉竹二郎

末吉竹二郎すえよしたけじろう

UNEP金融イニシアチブ特別顧問

東京大学を卒業後、1967年に三菱銀行(現 三菱UFJ銀行)に入行。1998年まで勤務した。日興アセットマネジメントに勤務中、UNEP金融イニシアチブ(FI)の運営委員メンバーに任命された。現在、アジ…

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