2017年4月から消費税が引き上げられるのに伴って、とうとう「軽減税率」を導入することになりそうだ。生鮮食品だけにするのか、加工食品まで入れるのか、財源はいくらにするのか綱引きが続いているが、それもやがて決着するだろう。
方向性が決まったら決まったで、今度は生鮮食品と加工食品の線引きをめぐって業界が大騒ぎになる。これまで軽減税率を導入してきた各国でも、同じような大騒ぎをしてきた。それが繰り返されるのだと思うと、ウンザリする。
軽減税率は低所得者の「痛税感」をやわらげるためだと公明党は主張する。しかし、である。生鮮食品を買うのは低所得者ばかりではない。しかも高い生鮮食品を買うのはおそらくは担税力のある人だ。つまり100グラム2000円の牛肉を買う人は、100グラムあたり40円の軽減措置があり、300円の肉を買う人は6円の軽減措置ということになる。これは低所得者対策としてはいかにも効率が悪い。
消費税は「逆進性」が高いから、軽減税率だというのもおかしな話だ。逆進性が高いというのは、食料は誰でも買うからということなのだろう。年収が100万円しかない高齢者で、食料品購入に半分以上使っている人でも消費税は払わねばならない。たしかにそうだ。だからと言って、担税力のある人の食料にも軽減税率を適用するというのはおかしな話だと思う。
本来の低所得者対策ということで考えるのなら、ここは「負の所得税」を導入するのが筋だ。それはマイナンバーによって所得の把握がしやすくなるからできる低所得者への対策である。いままでは低所得者に対する社会保障の一環として、生活保護などが支払われてきたが、それよりは収入に応じて機動的に給付できる「負の所得税」のほうがはるかに事務的な負担も少ないだろう。そしてもちろん健康保険などの保険金もきちんと負担してもらえる。
要は、限られた原資しかないときに、いかに政策効果をうまく出せるかということなのだと思う。1兆円でも2兆円でも政府の財政が豊かで減税できるのならいいが、今の日本は政府だけでも年間GDPの2倍以上という借金を背負っている。地方自治体まで加えればさらに多い。当然のことながらこれだけの借金を返せるメドはまったく立っていない。
せいぜいが借金を「増やさない」ということなのだが、そのためにいわゆるプライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字化が必要だ。現時点では実現可能性はほぼゼロである。なぜなら、このままで行けば、医療費や介護費など社会保障関連費用は毎年1兆円以上膨らむし、一方で毎年最低でも十数兆円は発生する財政赤字を借金で埋めなければいけないからだ。
消費税は1%上げれば国税ベースでは約2兆円の税収がある。来年度予算でも基礎的財政収支の赤字は政府予算案で13兆円あまり。これを全部消費税で賄おうとすれば、6%以上も税率を上げなければならない計算になる。もちろん、企業の利益が大幅に上昇して税収が増えることもありうるが、今でもすでに企業は史上最高の利益を計上している。これ以上、法人税が増えるという見通しは立てにくい。
要するに、日本政府の懐には余裕などないのである。だとすれば、いかに効率的に限られた予算を使っていくかということがますます重要になる。それは社会保障においても同様だ。すでに前期高齢者に入っている団塊の世代という人口の塊は、まもなく後期高齢者になる。そのときには医療や介護にかかるお金は急増すると見込まれている。
社会が高齢化してそこに財政資金を投じなければならないときに、効率の悪い政策にカネをかけるのはありえない選択だ。しかもここで軽減税率を導入すれば、将来にわたって響いてくる。なぜなら一度適用された軽減税率を「放棄」することに業界は猛反発するからだ。それをいくら「業界エゴ」と呼んでも、業界に支持された政治家は、やはりその声を代弁するだろう。それに「低所得者への配慮」を売り物にする政治家も同調する。大げさに言えば、未来永劫に誤った政策のツケが回るわけだ。安保法制の制定で公明党の協力を得た「見返り」ということなのだろうが、それにしても筋の悪い政策であることは明白だ。
首相が指示したということで、軽減税率導入を止める政治家はもはやいない。しかし天下の愚策で数千億円もの国家予算を無駄にしていいはずはないのである。
藤田正美ふじたまさよし
元ニューズウィーク日本版 編集長
東京大学経済学部卒業後、東洋経済新報社にて14年間、記者・編集者として自動車、金融、不動産、製薬産業などを取材。1985年、ニューズウィーク日本版創刊事業に参加。1995年、同誌編集長。2004年から…
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