安倍内閣は「上げ潮内閣」になったようだ。上げ潮と言っても支持率の話ではない。要するに景気が回復すれば、税収が増え、先進国最大の累積債務などあっという間に消えてなくなるという「楽観論」に染まっているということである。
その証拠は閣議決定された2016年度予算案に見て取れる。総額96兆7218億円と過去最大である。このところ毎年記録を更新しているから、このまま行けば100兆円を超えるのも時間の問題だ。
企業業績が上向くなどで、税収も25年ぶりという57.6兆円を見込んでいる。税収が増えれば当然財政赤字が小さくなり、来年度の国債発行額は34.4兆円と今年度の当初予算に比べて6.6%も減った。
ただ問題はこれからだ。財政赤字が減り、国債の発行額が減ると言っても、それは言わば「他力」の改善にすぎない。本来、財政赤字を減らすには、税収の増加を図ると共に、歳出の削減をしなければならない。まして日本は先進国中最悪の借金を国家が背負っている。GDP(国内総生産)の2倍を超え、未だに危機から抜けきれないギリシャよりも悪い。
いまのところ政府は2020年に基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化という目標を取り下げてはいない。基礎的収支とは、政策の経費を税収で賄えているかどうかという収支であり、来年度予算案では11兆円弱の赤字だ(15年の当初予算に比べると2.6兆円減っている)。
一時は20兆円を超える赤字だったのだから、大幅に改善したとは言える。しかし、政府が基礎的収支を改善しようと努力してきたと評価する人はほとんどいないだろう。11兆円と言えば、地方分を除く政府の収入という意味では消費税のほぼ5%分に当たる。2017年に2%の引き上げが決まっているが、それによる増収分は軽減税率を差し引けばわずか3兆円ほどと見込まれる。つまり消費税をまた引き上げることなく、基礎的財政収支を黒字にすることは不可能である。
勘違いをしてはいけない。基礎的財政収支がいくらか黒字になっても、現在の累積債務約1000兆円が減るところまではとても行かない。せいぜいできることはこれ以上増やさないということにすぎない。
ただそれが日本政府の決意表明として重要なのだと思う。もし日本政府が借金を減らす努力をせずに景気の浮揚に任せていれば、必ず逆風が吹く。今は極端に安くなっている原油相場は、やがて現在の水準の倍程度に戻る可能性がある。やがて、というのは早ければ来年の後半、遅くとも再来年だ。中国やインドといった新興国経済が何らかのきっかけで加速すれば、エネルギー需要は確実に増える。そうなったら、日本を救っている円安が、エネルギー価格の上昇を倍加させる効果を持つ。現在の歯車が逆転するわけだ。コストが高くなれば、インバウンド消費(代表例は中国人観光客の爆買いだ)にも影響を与える。いつまでも円安を頼りにはしていられないのである。
財政を改革するには、国民に耳の痛い話もしなければならない。最大のポイントは、現在のような社会保障をいつまでも続けられないということだ。団塊の世代が75歳を超えるのは今から7年後、そうなると医療や介護にかかる費用は急増する。いまでも社会保障費は国の政策経費の4割を超えている。
つまり財政改革の最大の標的は、老人にかかる費用なのである。この部分を何とかするということは、老人にかかる費用を削る(年金支給年齢の引き上げ、年金額の引き下げ、医療や介護の所得に応じた自己負担の増額などなど)ことだ。打てる手を早く打たなければならない。そうしないと、やがて80歳以上は公的保険で面倒を見ないということにもなりかねない。実はそれほど切羽詰まっているのが日本の状況だ。
だからこそ軽減税率などという天下の愚策を実行してはならないのだと思う。1兆円の財源とかいう議論があるが、それは毎年1兆円不足するということである。それだけの恒久財源があれば、それこそ日本の社会をサステイナブルにする政策がいくらでも打てそうだ。
政治家は次の選挙のことを考えて行動する。2016年の参院選、ひょっとすると衆参同日選挙で3分の2確保を狙う安倍政権は、とても国民に耳の痛い話はできないだろう。そうやって国家百年の計を誤るのだと思う。
藤田正美ふじたまさよし
元ニューズウィーク日本版 編集長
東京大学経済学部卒業後、東洋経済新報社にて14年間、記者・編集者として自動車、金融、不動産、製薬産業などを取材。1985年、ニューズウィーク日本版創刊事業に参加。1995年、同誌編集長。2004年から…
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