さんまは美味{おい}しい季節に関係なく、ぼくにとって明石家さんま氏の存在は欠かせない。さんま氏が某ピッチャーのマネをして東京圏でもテレビに登場して来たころからファンになった。
ぼくは当時、なんの希望もなく障害者として生きる現実の重さに、ほとんど笑うこともなかった。ところが、さんま氏のテレビ番組を観ると知らぬ間に笑っていた。そして自らの置かれた現実は先が見えず真っ暗で、きびしい問題がたくさんあっても、だいじょうぶな気がしていた。
さんま氏はお笑いにとどまらずドラマにも進出して話題を独占した。すでに芸人ではなく、その突き抜けた存在感はほかに類がないだろう。
さんま氏は、生きているだけで丸儲{まるもう}けと言い放ち、いまるとお子さんに名付けるのだから、あこがれてしまう。
最近のCMでも「人生、なんとなく上出来」と言う。もちろんCMのクリエーターが考えたのだろうが、さんま氏の存在をよく表していて、自分の座右の銘にしようとさえ思ってしまう。
この暗い時代に、さんま氏を観ると安心する。
もう一人、ぼくには尊敬してやまない作家がいる。
直木賞作家の向田邦子さんは、右胸の乳がん手術を受けた際の輸血が原因で血清肝炎となり、寝たきりになった時期があるという。利き手の右手が動かせない彼女に、事情を知らない出版社から連載執筆の依頼が来る。作家としては嬉しいが、ペンを右手に握れない。書きたくとも、書けない辛{つら}い現実があった。
向田さんは「考えた末に」――引き受けた。彼女は、いままでペンなど持ったこともない不慣れな左手で書いた。
ある意味で障害者になった自分が、「こういう時にどんなものが書けるか、自分をためしてみたかった」(『向田邦子 映画の手帖』徳間文庫)。不遇な状況に置かれた自分が”何を書くべきか”を考え、チャレンジした。
もしも、この二人が出会いつながっていたら、どんなにか素晴らしいドラマが出来たことか。
ファンとしては、とても残念でならない。
だからこそ人は、どんな出会いでも大切にしておけば何が起こるか分からないと思う。
中村勝雄なかむらかつお
小学館ノンフィクション大賞・優秀賞 作家
現在、作家として純文学やエンターテイメント小説、ノンフィクション・異色のバリアフリー論を新聞・雑誌などに発表。重度の脳性マヒ、障害者手帳1級。 <小学館ノンフィクション大賞優秀賞受賞のことばより…
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