「リーマンショック級のことがなければ、2017年4月の消費税増税は必ずやる」と言い続けてきた安倍首相。しかし、今年7月の参院選を前に、世界経済の下振れリスクを防ぐためにすべての政策を動員するとして来年の消費税増税を見送る決断をした。
安倍内閣の前回の選挙は2014年12月の衆議院総選挙だったが、この時も2015年10月に予定されていた消費税増税を2017年4月に延期するとして選挙をした。2014年第3四半期(7月〜9月)のGDP(国内総生産)速報値がマイナスになったことを受けて、増税を延期し、その信を問うとして衆議院を解散し、大勝した。
増税は一般的に国民に人気のない政策だ。それは洋の東西を問わない。財政危機に陥ったギリシャ政府が、増税や年金給付の削減を打ち出したとき、国民の不満が高まり、IMF(国際通貨基金)やEUが要求した緊縮策を受け入れないと主張する政権が勝った。しかしその政権も、デフォルトの危機を前にして国民に不人気の政策を採用せざるをえなかった。
日本は世界の先進国の中では異例の巨大借金国だ。公的債務は1000兆円をはるかに越える。GDPの2倍以上、ギリシャでもここまで悪くはなかった。ギリシャと違うところは、国の財政赤字を埋める国債を買っているのが、外国の金融機関か、国内の金融機関かというところにある。外国の金融機関はギリシャにデフォルトのリスクがあると判断したときに、国債市場でギリシャ国債を売却した。結果的にギリシャは年率30%を越えるような金利を払わねば国債の買い手を見つけることができなくなった。
日本では国内の投資家が保有する割合は90%を超える。つまり多少のリスクがあっても国内投資家は簡単に売らないだろうから、ギリシャのような事態にはならないというのだ。たしかにそうかもしれない。日本の国債市場では外国系のヘッジファンドがいつも売りに回っているが、これまでのところ彼らの思惑通りには行っていない。それは事実だ。
日本の国債で売りが優勢にならない理由はもう一つあると思う。それは日本の消費税が8%でしかなく、ヨーロッパなどに比べて極端に低い。所得税なども含めた租税負担率で見ても、日本はアメリカに次いで低い(逆に言えば、まだ担税能力に余裕がある)。だから来年の消費税引き上げをめぐって安倍首相が呼んだ外国の専門家も意見が分かれる。たとえばノーベル経済学賞受賞者であるジョセフ・スティグリッツ教授やポール・クルーグマン教授は、引き上げは延期すべきだ(ただし2人の基本的な立場はかなり異なる)とする。それに対してOECD(経済協力開発機構)事務総長のアンヘル・グリア氏は、15%程度に引き上げるべきだと提案した。
引き上げ時期はともかく、引き上げる余力があると見なされるうちはまだそれほど売り圧力が強くはならない、ということかもしれない。ただそれも日銀が買い支えることができるうちという条件がつく。すでに日銀は年間に発行される国債の総額を超える国債を買っている。形の上では、金融機関が国債を政府から買い、それを日銀が買っているが、事実上はもう日銀が国の財布になっているような状況だ。それをいつまでも続けられるわけではない。逆にそれがいつまでも続く、すなわち円という通貨に対する信認を保てるのなら、財政規律も何もない。政府が要求するだけ、日銀券を刷って渡せばいい。
国の借金はいくらあっても大丈夫だとする人々もいないわけではないが、実際にはどこかで限界が来る。問題はそれがいつかということなのだが、この消費税引き上げの延期で時限爆弾が爆発する時期が早まったということだろう。
国債が暴落するきっかけは何か。あるエコノミストは、格付け会社が日本国債の格付けを引き下げたときが危ないと警告していた。前回、安倍首相が消費税引き上げを延期した2014年のときには、ムーディーズ、フィッチ、S&Pと大手3社が日本国債の格付けを引き下げた。ちなみにS&Pでは日本は「シングルA+」だが、これは上から見ると5番目のランクであり、スロバキアやアイルランドなどと並ぶ。
今回の消費税先送りでもう一段階引き下げられるとS&Pで言えばシングルAになり、だんだんに余裕がなくなってくる。投資不適格と言われるまでにもう5ランクしか残っていないからだ。もちろん投資不適格と烙印を押されたら、そのときはもう日本国債には買い手がいないということだ。長期金利はもちろん跳ね上がり。政府は赤字をファイナンスすることができず、予算も組めなくなるかもしれない。オリンピックの年にそんなことになれば、もちろんオリンピックどころではなくなるだろう。経済は大混乱し、失業者が溢れているかもしれない。
2020年に財政を均衡させる(毎年の政策経費を税収で賄う)という「国際公約」はこれでもう反故になる運命ということだろう。それでも選挙をやれば、国民は増税しないという選択肢を選ぶ。そしてそれを錦の御旗にして安倍内閣は増税を延期する。この決断は、しかし、もう後戻りのできない決断なのかもしれない。
藤田正美ふじたまさよし
元ニューズウィーク日本版 編集長
東京大学経済学部卒業後、東洋経済新報社にて14年間、記者・編集者として自動車、金融、不動産、製薬産業などを取材。1985年、ニューズウィーク日本版創刊事業に参加。1995年、同誌編集長。2004年から…
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