連載初回となる前回では、20世紀から21世紀への流れの中で、どんな変化が訪れ、合理化による利益の創出から、個へ対応した高い価値の提供による利益の創出へ時代が変わって来ていることを指摘しました。それに合わせてITの活用も、合理化の手段としての使い方から、個性への対応・ホスピタリティの向上といった「攻め」の活用に重きが置かれ始めています。
ITテクノロジーの側面からこれを見ると、集めた情報を単に格納し再利用する程度の使い方から、積極的に情報を「骨までしゃぶり尽くす」ことが出来る時代がやって来たと言えます。
データ格納の集積度が大幅に向上し、ストレージコストが格段に安くなりました。このため膨大なデータを気にすることなく保持することが出来るようになったことが大きな要因として挙げられます。そしてもう1つ大事な背景としては、その情報のアクセススピードが桁違いに速くなったことが、ITの利用側面を大きく変えようとしています。
わかりやすく例えるならば、電車の移動スピードで世の中がどう変わるかを想像してみるのがいいかも知れません。例えば、東京⇔大阪間が新幹線ひかり号で3時間かかった時代から、のぞみ号が出て2時間半で行けるようになった時の変化と、もし東京⇔大阪間が3分で行けるようになった時の変化の違いを考えてみるといいでしょう。
図1 もし桁違いに速くなったら、業務は変わる?(c)Dolphere Ltd.
東京⇔大阪間が3時間から2時間半に変わっても、世の中の業務はそれほど大きくは変わりません。
せいぜい宿泊せずに日帰り出張でこなせる仕事が少し増えるぐらいでしょうか。
仕事は現状の延長線上での改善でしかありません。
ところが東京⇔大阪間が3時間から3分になったら、「変化」どころでは済まなく「変革」が起きます。
東京で打ち合わせをしながら、お昼休みに大阪のたこ焼きを食べようなんて話も当たり前に出来る時代へと変わります。ここまで変わると、今度はテクノロジーに合わせて業務の方を変えていく必要が出て来ます。
大袈裟な例えのように聞こえますが、ITのデータ格納とアクセスの世界ではこのぐらいの変化が起きて来ました。テクノロジーの進歩に対して、人間側の発想が追い付いて行けないほどです。
ITを使った「勝ち組」はこの変革に気づき、情報を合理化の手段ではなく、戦略的な意志決定の手段に利用し始めています。その1つが、近年流行語となりました「ビッグデータ」です。今号、次号では「ビッグデータ」の話を少ししようと思います。
人間は感情で動くアナログな人間ですが、そのアナログな動きをデジタルを駆使して事前に予測しようとしているのがビッグデータと言えるかも知れません。アナログをデジタルで予測する挑戦です。
瞬間的な大局観や勘が勝負を左右すると言われていたチェスや将棋の世界でもコンピュータが人間に勝つ時代がとうとう来てしまいました。「質」をデジタルの物「量」作戦で上回った意義ある出来事だったかと思います。これは「3時間」が「3分」になったからこそ可能となった瞬時のシミュレーションと分析処理の力です。
2~3年前の日経ビジネスに面白いビッグデータの事例が載っていました。
アメリカの「TARGET」というスーパーで、顧客の購買履歴というビッグデータを分析し、妊娠する前の女性の購買パターンを見つけ出してキャンペーンに利用した事例が載っていました。
その分析で見つけ出したパターンを最近の消費者の購買履歴と付け合せて、妊娠している可能性の高い女性を割出し、その方達へベビー服や揺りかごなどのキャンペーンのDMを送ったというものです。
ところがその送り先の中に女子高校生が入っていたという事件が起きました。
これは日経ビジネスには載っていなく別から仕入れた情報ですが、この女子高校生は87%の確率で妊娠しているらしいと分析結果が出たために、送り先リストに入ったとのことでした。この確率であれば当然の対応ですね。しかしDMが送られた女性高校生のお父さんは当然激怒したらしく、「高校生の娘に赤ちゃんのグッズの販促とは何事か!」とスーパーに怒鳴り込みに行ったそうです。
ビッグデータにも限界があるという事例かと思いきや、この話には実は後日談がありました。
この娘さんは結局妊娠していたことが発覚して、お父さんはスーパーに謝りに行ったという話でした。
笑えるような笑えないような話です。
娘のことは一番わかっていると自負しているお父さんよりも、ビッグデータの方が正しい予測をしているという実例になってしまいました。ビッグデータ侮れずですね。
分析を正しくすれば、アナログよりも威力を発揮する可能性があることを示唆しています。
テクノロジーの肩入れをし過ぎてもいけないので、あくまでテクノロジーはツールであって、それを殺すも生かすのも最後は人間であるという事例も記しておきたいと思います。
言うまでもないことですが、ビッグデータは正しい情報が入力されていることが大前提となっていますので、欲しいデータが足りなかったり、精度が悪かったり、母集団が違っていたりすることで使い物にならなくなる側面もあるわけです。
こんな実例があります。あるデータを分析するとこんな相関関係が浮かび上がります。
「『身長が高い人ほどIQが高い』という相関関係がある」
これを聞いて違和感、不快感を感じる人は当然出て来ると思います。
果たしてこれは事実でしょうか?
これを真に受けて身長の高い人ばかりを採用する企業が出て来ては問題です。
「これはクイズです」と添えてあげれば、もしかしたら裏に何が隠れているか気づく人は出て来るかも知れません。
答えをズバリ言いますと、この分析に使ったデータソースは小学生のデータでした。
図2 真実を知るには、人間の経験値も必要(c)Dolphere Ltd.
真実の相関関係は「年齢の高い人」と「IQ」に相関関係があるというものでしたが、ターゲットが小学生だったために、「年齢の高い人」と「身長の高い人」にも相関関係が出てしまい、結果として「身長が高い人」と「IQが高い人」にも相関関係が出て来てしまったのでした。
この例はわかりやすいので、このビッグデータの分析結果を受けて、間違った判断をする人間は少ないとは思います。しかし企業で扱うデータはもっと複雑で、真実がすぐには目に見えて来ません。
このような「裏」が見えずに、表面だけで重要な判断を誤ってしまう危惧があるわけです。
最終判断は、やはり人間に委ねなければなりません。
2つめの実例は、それを顕著に表した実際にあった話です。
ニューヨーク市では犯罪が多く、新しく選出されたある市長がその対策として軽犯罪を厳しく取り締まることを始めました。駐車違反とか取締り易いものからまず手を付けたわけです。そうしたところニューヨーク市での重犯罪も減少する成果を得たということがありました。この市長は表彰されたそうです。私もこの記事を読んだことがあり、その時は「なるほどね!」とすごく納得していました。
しかしこの美談が間違っていたことが後日わかることになります。
詳しくは「ヤバい経済学」という書籍に書いてあるのでそちらを読んでいただきたいですが、真実はこうでした。
この重犯罪軽減から17年ほど前にニューヨーク市では、中絶が認められる法律が出来たのです。
この法律が出来て20年近く経ったこの時にたまたまその効果が出たという、時代を超えた相関関係が正解でした。中絶法が出来るまでは、望まれずにティーンエイジャーから生まれて来る子供達がいて、正しく育てられなかったこの赤ちゃん達がティーンエイジャーに育ち、重犯罪の引き金になっていたというのです。中絶が認められることによって、未来犯罪を犯すだろう予備軍が生まれにくくなり犯罪が減ったという因果関係が近年になって判明しました。ビッグデータを正しく分析するには、「時間軸」も考慮に入れる必要があるという事例になります。
図3 相関関係には、時間軸も取り入れて考える必要がある(c)Dolphere Ltd.
相関関係には、方向性もあります。
図4 相関関係には、方向性もある(c)Dolphere Ltd.
病気の多い街ほど医者が多いからと言って、医者を減らせば病気が減るという判断は誰もがしないと思いますが、企業ではこの手の間違った判断は少なからず起きているような気がします。
データ入力の精度や公平性など、「ビッグデータ」を使うにあたっての人的配慮は非常に重要であるという話をしましたが、人間と機械の主従を間違えない限り、判断の補助手段として非常に有効で戦略的なツールになるのは間違いありません。
医療にしても、診断等で大きな威力を発揮しており、その貢献は素晴らしいものがあります。
人間の嗜好が多様化するこの世の中では、人間の過去の偏った経験から来る「勘」はますます頼りなくなり、こういったツールの活用は企業成長の可否を決めうるものになって来ます。
次号では、ビッグデータの用途に目を向けてもう少し事例をご紹介し、今後の示唆に繋げていきたいと思います。次々号あたりから、ビッグデータの世界をより身近に近づけてくれる入力の世界「IoT」へと話を展開し、人の輝きにどう影響していくのか語っていきたいと思います。
乞うご期待ください。
井下田久幸いげたひさゆき
ドルフィア株式会社代表取締役
IT業界一筋で34年。SEからマーケティング、営業と幅広く経験。難しいITを分かりやすく、役に立つ情報として伝えることで、セミナー講演はいつも好評。デモを披露したり、世の中の動向とITの動向を絡めて話…
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