前回、いま絶好調の米アップル社について触れた。5月28日に日本でもiPadが発売された。あるパソコン誌の編集者だったか、「これでライフスタイルが変わる」とインタビューに答えていたのが印象的である。
アップルの製品は、技術的にとりわけ優れているわけではない。もちろんアップル設立当初のGUI(グラフィック・ユーザー・インターフェイス)は技術的にも優れていたに違いないが、それでも最も重要なカギはその発想にあると思う。
今では当たり前になってしまったGUIは、アイコンを操作することでコンピュータを動かす。一昔前のコンピュータのようにコマンドをいちいち打ち込まなくても動かすことができるようになったことで、パソコンは急激に普及していった。パソコンが普及したことでいちばん変わったのは何だろう。
言うまでもないことだろうが、それによってインターネットという情報網を利用することができるようになり、人々の間で新たな手段によるコミュニケーションが広まった。そして世界にある無限の情報が利用できるようになり、それを利用した新しいビジネスが始まった(パソコンではないが車のナビゲータも同じような話である。軍事利用されていた衛星が民間に開放され、それを利用して新しい機器が開発され、いまや日本の車の多くについている)。
昔、アップルのCEO(最高経営責任者)であるスティーブ・ジョブズ氏にインタビューしたことがある。そのときはiMacの発表だったと思うが、将来のパソコンの在り方を聞いたときに、「パソコンが今の形で在り続けるかどうかはわからない」と答えていたのが記憶に残っている。要するに、ネットワークにつながっているかどうかが問題なので、パソコンでなくてもネットワークに接続して何かができる端末があればいいという話だった。
それ以降、アップルはiPhone、iPadと端末の形を消費者に対して提案し続けている。そして最も重要なことは、そうした端末の使い方を限定しなかったことだと思う。たとえばテレビはテレビとして使う以外の使い方をメーカーは考えたことがあるだろうか。携帯にしてもいろいろなことができるが、基本的にはメーカー側の考えた使い方で使わなければならない。
それに対してiPhoneはさまざまなアプリが開発され、それを導入することでそれこそユーザーなりのカスタマイズができるようになっている。僕の友人にも、iPhoneにスカイプが使えるようにするアプリを入れて、海外通話を安くあげている人がいる(もちろんソフトバンクはそのアプリを認めてはいないはずだ)。
ネットの一つの特長は、そこに参加している人々によってコンテンツやアプリが発展するところにある。これはよく言われていることだが、日本のメーカーはその発想に追いついているだろうか。最近ようやくソニーがグーグルと提携し、テレビの在り方を変えるのだという。どのように変わるのかはわからないが、グーグルという発想の豊かな企業と提携すれば、新しい地平が拓けるかもしれない。
ネット環境というものがここまで広がり、しかも有線である必要もなくなりつつある今、メーカーは自分たちだけの発想で製品を作っていては世の中に取り残されるリスクがある。そう思って自分の周囲を見回せば、専用機として動いている電気製品やその他の製品がいかに多いか気がつくだろう。もちろんすべての機器が汎用機でなければならないということではない。そうではなくて、ネットとつながることで新しい使い方ができるような機器がこれからの消費を変えていくということだと思う。
もちろん自動車も同じかもしれない。自動車で情報を収集するということだけでなく、自動車自身が情報を発信することでどのような使い方ができるのか。そのあたりもメーカーにとっては課題になってくるだろう。
新しい発想があれば、存亡の危機に陥った会社でさえ蘇る。アップルはまさにそれを体現した会社である。できれば第2のアップルは、日本から生まれて欲しいものだ。
藤田正美ふじたまさよし
元ニューズウィーク日本版 編集長
東京大学経済学部卒業後、東洋経済新報社にて14年間、記者・編集者として自動車、金融、不動産、製薬産業などを取材。1985年、ニューズウィーク日本版創刊事業に参加。1995年、同誌編集長。2004年から…
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