先月は「世界経済はいよいよ減速」と書いた。もちろん直接的な原因は、サブプライムローンの破綻をきっかけとする金融収縮(クレジット・クランチ)である。それが住宅価格の低下など実体経済に影響し、アメリカのみならずヨーロッパでも景気が悪化しつつあるということだ。
景気の悪化だけでも十分頭の痛い問題であるというのに、いま世界経済はより重大な問題に直面しつつあるようだ。それはインフレである。アメリカやEU(欧州連合)では、インフレといってもまだ3%台。中央銀行が目安としているインフレ率よりははるかに高いとはいえ、まだコントロールできる範囲と言えるかもしれない。
しかし、発展途上国のインフレ率は、かなり上がっている。アルゼンチンはモルガン・スタンレーの推定によると、23%にも達しているし、ロシアも14%と二桁。サウジアラビアやインドネシア、中国、インドなどは二桁に近い一桁である。どの国も昨年に比べると大幅に悪化している。
インフレを警戒する声は意外に小さい。原油が大幅に値上がりし、さらに穀物が値上がりしていることが直接の要因であり、いわばその国の経済に組み込まれたインフレではないというのが、各国政府の「見解」であるようにも見える。
問題は、物価上昇が原油は穀物などの「外部要因」だけでもたらされているわけではないということだ。もともとインフレとは、カネとモノのバランスである。カネがあまればモノと交換するときに、余計にカネを払わなければならない。モノがあまればモノの値段が下がってくる。
そして世界経済は、21世紀に入って以来、基本的にはカネがあまっている。だからヘッジファンドなどが世界中で運用先を求めて飛び回る状況が生まれている。先進国の銀行は低金利で、株式市場といっても投資に適した株式市場がそうたくさんあるわけではない。
カネがあまっているのに、21世紀に入ってこれまではまさにインフレとは無縁の経済だった。それに関していま最も納得できる説明は、中国が安い労働力を使って生産した安い製品を世界に輸出したため、それがインフレ抑止力として働いたという説である。
しかし中国も、景気が過熱気味になっており、インフレ率が高くなってきた。政府は引き締め政策を取ろうとしているが、あまりうまく行っていないようだ。内陸部開発を進めないと経済格差が広がるばかりで、国内の治安状況が悪化する可能性がある(今回の四川大地震で格差はさらに広がるだろう)。今やバブルとなっている沿海部だけ抑えて内陸部だけ促進するというのは至難である。
そうなると中国のインフレはますます進み、その結果、中国から輸出される製品が、これまでのようなインフレ抑制効果を持つのがむずかしくなっているのだという。
さらに先進国の景気が悪化していることも発展途上国のインフレに拍車をかける結果になると英エコノミスト誌は指摘している。先進国が金利を下げ、それに対して発展途上国は本来は景気過熱を防ぐためにも金利を上げなければならないのだが、自国通貨が高くなるのを防ぐために金利を据え置くことで、国内のインフレ率が高くなるというのだ。
原油は当面、値下がりする方向にはないし、穀物価格も上げ止まっているとはいえ、需要の増加が背景にあることから、大幅に値下がりすることは考えにくい。ロシアのように賃金が大幅に上昇しはじめると、賃金と物価のスパイラル上昇が生まれ、1970年代の先進国のようにインフレがコントロールできなくなる恐れもあるという。
日本にとっては景気が停滞している中でのインフレということになり、「スタグフレーション=景気停滞時のインフレーション」という妖怪に再び悩まされることもありそうだ。
藤田正美ふじたまさよし
元ニューズウィーク日本版 編集長
東京大学経済学部卒業後、東洋経済新報社にて14年間、記者・編集者として自動車、金融、不動産、製薬産業などを取材。1985年、ニューズウィーク日本版創刊事業に参加。1995年、同誌編集長。2004年から…
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