失敗学会を立ち上げて7年になる。
奇をてらったようなネーミングであるが、大勢の法人、個人に御支援をいただきながら活動を続けている。失敗学の基本は、失敗が起こってもくよくよせずにそれを冷静に分析し、如何に同じ間違いをやらかさずに済むかを考え、実践することである。もう少し間口を広げ、他人の失敗や社会の失敗も冷静に分析し、解決を提案できるようになったら一人前である。ただし、この「解決を提案」がおいそれと簡単にはいかない。
講演依頼を受け、事前の打ち合わせで顔を合わせると、「どうにも同じミスを繰り返してばかりで困っています」と相談を持ちかけられることが多い。組織の失敗に対する対応を尋ねてみると、不具合事例集、トラブルデータベースなど、各社によって名前は様々だが、事例に関する情報を電子化し、いつでも誰でも見られるように立派な環境が整っている。事例情報そのものも実物の写真があり、分析も簡潔にまとめられてそれ以上のものは望めないほどだ。
ところが、記録されている対策が「周知徹底する」、「より効果的な教育に努める」などとなっているとがっかりしてしまう。いわゆるポカ、あるいはうっかりミスへの対抗策が人の注意力喚起に頼ってしまっている。そうではなく、うっかりしていても間違いをやらかさないような仕組みを編み出すのが失敗対策を講じようとする私たちに課せられた試練なのだ。
人は機械ではないのだから、常に100パーセントの状態でものごとに望むのは不可能。かのイチローでさえ、三振をすることはあるし、浅田真央も着地に失敗して転んでしまうことがある。ましてや凡人である私たちの場合、前の晩に少しばかり酒量が過ぎてしまうこともあれば、恋人に振られて心ここにあらず状態になってしまうこともある。さらに言えば、肉体的、精神的にほぼ万全であったとしても、抜けることがあるのが人間の人間たるゆえんである。
さらに悪いことにはここ2、30年のところ、派遣業者、関連会社など、外部組織の人が実作業に当たることが多くなった。せっかく作業の要領を覚えてもらったと思ったら、翌日には全く経験のない人がやってきたりもする。そして、組織のためという気概を持って作業に当たるわけもなく、うっかりするなと言う方に無理があろう。
ではどうすればいいのとなるわけだが、失敗対策を考えるのは、課題を与えられて新たな設計を考え出す知的作業の創造、すなわちクリエーションとよく似ている。それまで誰も考えなかったちょっとした工夫で特定の失敗を撲滅することができる。アメリカ軍需工場での実例については『「失敗をゼロにする」のウソ』に書いた。
人間の創造する力は、鍛えることによって伸ばすことができる。創造力といっても、何も彫刻家や作曲家になろうというのではない。既に世の中にあるパーツや機能要素を組み合わせて、今までに自分たちが実現していなかった機能をプロセスの中に持たせることである。それは既に他所では実現しているものかもしれない。しかし芸術ではないし、特許に抵触でもしない限り、遠慮しないで真似をすることである。
何事も、自分の特定能力を伸ばすのは真似をすることから始まる。いきなり生産やサービスの工程において、創造性豊かな解決を考え出そうと思ってもそうはいかない。日本の学校教育では足りなかった創造性の育成は、それこそいくつになって始めたとしても決して遅くはない。今まで眠っていた脳細胞の新しい連結を楽しみながら創造力訓練の道を歩き始めよう。
飯野謙次いいのけんじ
NPO失敗学会副会長
1959年大阪生まれ。東京大学大学院工学系研究科修士課程修了後、General Electric原子力発電部門へ入社。その後、スタンフォード大で機械工学・情報工学博士号取得し、Ricoh Corp.へ…
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