かの有名な「諸葛孔明」は、こう語ったという。
「勢力や利益を目的とした交際は、長続きさせることが困難である。
真の男子たる者が互いに知り合って理解し合うということは、
<例えば>温暖になっても、<とりたてて>華を増やすことはしなし、
<逆に>寒雪(かんせつ)の時でも
<とりたてて>業を改めることはせず、
春夏秋冬を通じて決して衰(おとろ)えない」
「順境や逆境を経れば経るほどますます強固になる」
「相手が苦難の時こそ、友情の手を差し伸べよ!
励ましの声をかけるのだ。
断じて、変らざる信義と誠実を貫け!」
(中林史朗著『諸葛孔明語録』より)
孔明にとって甘ったるい友情や、
ましてや相手が障害者だという同情など話にもならない論外に違いない。
先日のことだ。長年の友人・奥条(仮名)さんと久しぶりに電話で話をした。
4年前、長男が入院していた病院のそばに引っ越してくるまで、
消防局に勤めている奥条さんには何かと手を借りて助けられていた。
仕事柄、ぼくの介助はおてのものという感じだった。
近況を訊かれて、つい少しのグチを口にしてしまった。奥条さんは静かな口調で話し始めた。
「いつも俺が心がけているのは、二つ方法があったとき、たいへんそうな方を選ぶようにしてるんだ」
「どうして。楽な方は選ばないの?」
「長年の経験から、けっきょく楽な方にしても、あとあと苦労は倍になるんだよな。これが不思議なことに」
「………」
「たいへんそうに見える道というか方法は、あとで気が付くと最良の方法だった結果になることが多いかな」
つい楽な方法を選ぼうとしていた自分に、舌打ちをした。
たしかに自分で言うのもヘンな話だが、ぼくぐらいの障害者がこの社会の中で、
ごく普通の生活を続けていくのは正直、むずかしいことも多い。
経済的なシステムから住環境まで、自らを酷使して合わせるようにやっていくしかない。その上、家族も支えていかなければならない。
たとえば以前なら、急に突発的に人手を借りたいとき、奥条さんに限らず、
たくさんの仲間たちがいたから困らずに済んだ。
長年かけて知らないうちに出来上がっていたネットワークだった。
それは現在の引越し先で、一朝一夕(いっちょういっせき)には作り上げられない、
ぼくの最高の財産だといえる。
すると、奥条さんはぼくの話を聞いてからこう言った。
「かっちゃんとの関係は、何も変わってないからな。少し家が遠くなったぐらいしか、
ほかには何の変化もない。もう俺も前と違って不規則勤務じゃないし、
かっちゃんが困れば、いつでも行くから連絡しろよ。
お互い、遠慮するような間柄(あいだがら)じゃないだろ」
離れていても若いころレスキュー隊だった奥条さんに、今度は『心』をレスキューしてもらった気がする。自分もそんな男になりたい。
奥条さんは言葉を続けた。
「また、いつでも電話しなよ」
「ありがとうございます」
「ほかのみんなだって、かっちゃんが困れば駆けつけるさ。なんにも変ってないさ。
かっちゃんの生き方や存在そのものに、みんな励まされて元気をもらってるんだから」
「そうだといいんだけどね」と、ぼくは照れて答えた。
孔明の言うとおり奥条さんにしても、ほかの仲間たちにしても日々会うことはなくても、たしかに何も変わりはない。
お互いがどんな環境でも何も変らない。そこには真の友情しかない。
ぼくは幸せな人生を生きていると思う。
中村勝雄なかむらかつお
小学館ノンフィクション大賞・優秀賞 作家
現在、作家として純文学やエンターテイメント小説、ノンフィクション・異色のバリアフリー論を新聞・雑誌などに発表。重度の脳性マヒ、障害者手帳1級。 <小学館ノンフィクション大賞優秀賞受賞のことばより…
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