地球温暖化対策基本法の制定など、本年は日本にとって温暖化対策の大きな節目の年になります。最終回となる今回のコラムでは問題の核心に一歩大きく踏み込んで、日本の温暖化政策の真相や、国際動向の深層について述べます。いつもよりもやや辛口のコラムですが、皆様には有益な情報になると思います。
【日本の地球温暖化対策基本法】
全主要国が意欲的な削減目標に合意した場合に限り目標を掲げるという条件付きですが、日本は2020年まで二酸化炭素などの温室効果ガスの排出量を1990年比で25%削減するという目標を世界に表明しています。25%の削減の実現のためにこれから日本は何を行っていくかということが最大の関心事です。去る3月12日に日本政府は「地球温暖化対策基本法」を閣議決定しました。今の国会でこの法律は成立することになるでしょう。
この地球温暖化対策基本法では、「太陽光発電などの固定価格買い取り制度」、「地球温暖化対策税(環境税)」、「排出権取引制度(キャップ&トレード)」、「再生可能エネルギー利用」などが提唱されています。環境税の実施や温暖化ガスの排出権取引については、来年中の法案成立を目指しています。再生可能エネルギーについては、1次エネルギーに占める割合を2020年までに10%にすることを目標にしています。再生可能エネルギーの利用促進のために、太陽光や風力で発電した電力を電力会社が一定価格で買い取るドイツなみの新しい固定価格買い取り制度の創設が計画されています。
尚、昨年の選挙の前に自民党は2005年比で15%の削減目標を掲げましたが、多くの国は2005年比で削減目標を示しています。民主党の1990年比25%削減を2005年比に直しますと33%削減になる極めて大きな削減率です。
【国内政策の課題】
環境税や排出権取引制度はこれまでも度々検討されて来ましたが、経済界の負担が大きいとして実施されませんでした。しかし、25%の削減となると、経済界の強い反対があっても環境税も排出権取引も行わなければならないという状況になったものと思います。例えば、電力業界全体で環境税により年4300億円、排出権購入に約1兆円、さらに太陽光発電の全量買い取りで1兆円、合計で年間2兆4000億円の負担増になるという試算を電気事業連合会は公表しています。これらの負担増は企業および家庭の電気料金に上乗せされます。さらに企業はそれを商品価格に上乗せしますので、結局は国民が負担させられることになります。
排出権取引のキャップ&トレードとは、まず、温室効果ガス排出量の上限であるキャップを、企業や施設に強制的にかぶせます。このキャップを超えて排出する場合には、企業は余裕のある企業から排出権を買わなければなりません。逆に余裕が出れば売ることができます。問題は最初に各企業のキャップをどのように決めるかということですが、皆が納得する公平な決定方法はありません。環境税や排出権取引の実施は、不況にあえぐ日本産業を一層窮地に追いやる可能性があります。工場等の生産拠点の日本脱出は加速されることでしょう。
京都議定書が締結されて以来、日本において二酸化炭素の排出を部門別に見ますと、製造業を中心とした産業界全般では横ばいかもしくは減少しおります。それに比べて、家庭部門では依然増え続けています。本来ならば家庭(民生)を対象に排出削減対策を強化しなければならない所ですが、実質的に業界に自主規制を強いるなど、日本政府は経済界に圧力をかける方法をとって来ました。これから進める環境税や排出権取引制度はその傾向が一層強まります。
環境税や排出権取引制度の実施は温室効果ガスの削減効果は限定的との指摘があります。地球温暖化問題に関して研究成果をとりまとめて発表している有名なIPCCの報告書において、温暖化問題の重大性を指摘するとともに、その対策を実施することは人類に極めて大きな経済的負担になることも指摘されていることを冷静に受けとめなければなりません。
【国際動向の深層】
中国は、2020年までに単位GDPあたりの温室効果ガスの排出量を2005年に比べて少なくとも40%削減するという目標を明らかにしています。単純に考えますと、日本の25%削減よりも高い目標に見えますが、実態はそうではありません。中国のGDPは6~7年で2倍、20年間では約8倍という驚異的なスピードで増加して来ました。中国の主張は、これからもGDPの増加に合わせ、ベースとしては排出量は増えますよと言っているのです。
また、日本もそうでしたが一般にGDPの成長により産業構造は一次産業から二次産業へ、さらに三次産業へと発展しますから、単位GDPあたりの温室効果ガスの排出量は経済の成長に伴って減少して行くことは自然の理です。今回の中国の削減目標の設定は「戦後、欧米や日本の先進諸国が大量のエネルギーを消費し発展して来たのと同じ事を中国はこれから行っていきます」と表明していることに等しいのです。この点については、中国やインド等の新興国の姿勢は確固としたもので、先進国に譲る気持ちは微塵もありません。
世界の首脳が温暖化問題で一堂に会した1997年の京都会議では、まず先進国が実施可能な目標を立てて実行していきましょうというのが本来の趣旨でした。しかし日本政府は実現不可能な1990年比で6%の削減を約束し、国の内外の専門家を驚かせました。結局6%削減ではなく、逆に8%も排出が増加しています。にもかかわらずまた今回の25%削減の表明です。冷静な海外の専門家は、日本の25%削減目標はお金で解決する方法を除けば、また不履行になることは明白と考えており、またも政治主導のスタンドプレーを日本が演じ、世界をかきまわしていると眉をひそめているのが実際です。
【企業の取り組むべきこと】
排出権取引制度は新規の制度ですが、それと類似もしくは関連した制度は既に日本で実施されています。国内クレジット制度や東京都が本年度から実施する削減政策です。大企業と中小企業という対比で考えた場合、省エネの進んだ大企業は排出権の買い手に、これから省エネに取り組む中小企業は広い意味で売り手になる傾向があります。中小企業においては、環境税の実施も考慮して、一層省エネ対策に取り組む良い機会です。
ドイツ並みの新エネルギーの固定価格買い取り制度が実施されますと、太陽光や風力発電の普及が加速されるでしょう。それぞれの企業が持つリソースを活かし、この分野への取り組みが期待されます。私は常々、休耕田や耕作放棄地を
活用して大規模なソーラー発電事業がこれから有望と思っております。ただそれを実現するためには、農林水産省と環境省・経済産業省との行政の垣根の除去などが必要です。
変化の中に新ビジネスの種が潜んでいます。皆様におかれましては、行政の動向に合わせて新しいビジネスへの取り組みをご期待致します。
進藤勇治しんどうゆうじ
産業評論家
経済・産業問題、エネルギー・環境問題、SDGs、コロナ問題をテーマとした講演実績多数! 経済・産業問題やエネルギー・環境・災害問題、SDGs、コロナ問題などについて最新の情報を提供しつつ、社会…