【環境と生態系を脅かす原油流出事故】
2010年4月20日にルイジアナ州の沖80kmのブリティッシュペトロリアム社(以下、BP社)の油田掘削のための海上プラットフォームでメタンガスによる爆発事故が起きました。最終的にプラットフォームは海中に沈み、126名の作業員うち、11名が行方不明になっています。海底まで1500m、さらに海底から地中を5500mの掘削パイプが伸びていましたが、この事故で海中部分のパイプが根本付近で折れ、原油の流出が始まりました。
事故後、流出を止める様々な対策が施されましたが、いずれも失敗して、現在に至るまで原油が流出し続けています。毎日の原油流出量は5600~15900キロリットルと推定されています。現在は地中深くにセメントを注入する対策が進められていますが、流出を止めるまでには時間がかかり、8月頃になると推定されています。それまでには全体で50~150万キロリットルの原油がメキシコ湾に流出すると推算されています。
メキシコ湾では時計回りの海流があり、流出した原油はアメリカ本土に向かって流れ、やがてはフロリダ半島を経て、大西洋に流れ出て行くことになりましょう。それによって引き起こされる環境汚染や生態系の破壊、人間生活への影響は計り知れないものがあります。
既に、BP社は被害補償として200億ドルの資金の拠出が決まっておりますが、最終的に支払うべき額は被害状況が確定した後に決まるでしょう。同社は将来の補償金の支払いに備えて、500億ドルの資金調達を計画しているという報道もあります。
【事故発生の背景】
本来、海底油田の開発には高い技術と経費が必要で、昔は経済性に見合うことはありませんでした。しかし、掘削技術が進歩し、新興国の成長により石油の需要が増え、原油の価格も上昇しています。現在では、高い費用をかけて海底油田を採掘しても経済的に見合うようになって来ました。
海底油田は最近見つかったという訳ではなく、昔からその存在は分かっていました。今回の事故が起きたメキシコ湾油田は、テキサス州、ルイジアナ州、ミシシッピ州、アラバマ州の沿岸付近にある原油および天然ガスを生産する海底油田で、2006年現在で年間約470万バレル(1バレル=159リットル)の産出量があります。数千の鉱区が設定され、現在200を超える海上プラットフォームが建設されて操業しています。
ただ、激しい競争の中、大手石油会社は利益を上げるために、より安価な掘削施設を建設して利用し、結果として安全性の確保が後回しになっているようです。
【活かされなかった過去の事故の教訓】
これまでタンカーからの原油の流出事故は多数発生しています。過去最大の事故は、1989年3月にアラスカ沖で起きた事故です。エクソン社の原油タンカーが座礁して、約4万キロリットルの原油が流出しました。原油が流れた海域の多くの生物が死滅し、地元の漁業に多大の損害を与えました。エクソン社は、原油除去の費用、損害賠償費用等で50億ドルを超える支出がありました。
当時、この事故は未曽有の環境破壊として注目されました。大きな被害を被った生態系はまだ回復過程にあります。今回のアメリカの海底油田事故における原油流出量は、このアラスカの事故の数十倍になると推計されており、生態系や人間社会への影響は甚大なものになるでしょう。
海上プラットフォームの事故も過去に多数ありますが、最大の死者を出したのは、1988年の北海海底油田での事故です。原油と天然ガスを産出するパイパー・アルファアという海上プラットフォームにおいて、凝縮性の炭化水素が爆発して大火災が起こり、167名の死者が出ました。原油を生産する海上プラットホームには、200名を超える作業員が居住していました。この事故の後、常に危険と隣り合わせのプラットホームの安全性の確保を進められましたが、今回のアメリカの事故はその教訓が生かされない結果となりました。
【利益優先で安全を疎かにする現代社会に警鐘】
海底油田開発においては、今回のような流出事故は決して起こしてはいけない事故です。原子力施設において核分裂連鎖反応が想定外に発生する、いわゆる臨界事故を起こしてはならない事と同様です。
陸上での事故による原油流出は比較的容易に止める事が出来ますが、海底ではそれは極めて困難です。水中で人が直接作業できるのはせいぜい水深数十メートルの場所。事故が起きれば、機械の遠隔操作による対処しかできませんので、手段は限られています。
海底油田の開発はメキシコ湾だけではありません。ブラジルをはじめ世界各国で進められています。今回のような事故は、本当に二度と起こしてはいけません。最後に次の3点を指摘しておきたいと思います。
(1)地下資源の採掘は危険がいっぱい
まず注意しておきたいことは、地中を掘って何らかの資源を取り出すという作業には常に大きな危険が伴っています。今から3年前、東京・渋谷の温泉施設で死者3名を出す爆発事故がありました。汲み上げた温泉に随伴するメタンガスが建物の中に充満して爆発を起こしました。メタンの恐ろしさに対して無知のまま、温泉施設は運営されていました。温泉に限らず、深い場所から地下水を汲み上げた場合に、メタンガス(天然ガス)が一緒に排出されることがよくあることです。細心の注意が必要です。
油田の場合は随伴して排出される揮発性ガスの処理対策が、天然ガス田の場合は、随伴する凝縮性の炭化水素の処理対策が極めて重要です。これらは多くの海上プラットフォームの爆発事故の原因になっております。
(2)人為的ミスが最大の原因
今回原油流出の事故が発生した過程の詳細はまだ明らかにされておりませんが、過去の重大事故のほとんどは人為的な事が原因となっています。167名の死者を出した1988年の北海油田の海上プラットフォーム爆発事故は、当直者の交代時に重要な事項の伝達ミスが事故の原因になりました。
1989年のアラスカのタンカー座礁事故では、アルコールによって判断力が欠如した船長が航路の目視確認を怠ったことが一因といわれています。安全確保の技術がいくら進歩しても、それを利用する人間の不注意や怠慢で事故が起きてしまうのです。
(3)経済競争の中、安全性を犠牲にした利益確保
今の世の中、何事も経費節減、経費節減の時代です。国の予算も同じです。経済社会においてもグローバル化の中で、競争に打ち勝つために安全性をないがしろにして利益を得る傾向があります。保険をかけておけば事故が起きても会社は大丈夫という経営者の安易な考えも、多くの事故を引き起こす原因になります。いわゆるモラルハザードです。
私は技術者、科学者として、このままでは日本でも何か大きな事故が近々起こりそうに思っております。そうならないように、バランスのとれた対策がしっかりと施された、安心で安全な未来社会を期待いたしております。
進藤勇治しんどうゆうじ
産業評論家
経済・産業問題、エネルギー・環境問題、SDGs、コロナ問題をテーマとした講演実績多数! 経済・産業問題やエネルギー・環境・災害問題、SDGs、コロナ問題などについて最新の情報を提供しつつ、社会…
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