それは今年の2月のことだった。
米国の大手銀行Bank of Americaの頭取が、集まったお客様を前にこう宣言した。
「これから皆さんへの貸出を審査する際、皆さんの会社が出すCO2は負債と見做します」。
これを聞いた人は驚いたに違いない。わが耳を疑ったであろう。なぜならば、これまでCO2をいくら出そうと誰も文句を言わなかった。いくら使っても使い切れない無限の資源と思っていた。そこへいきなりCO2排出を負の資産、つまり借入金と同じに見るというのだから。
しかし、この背景にはちゃんとした理由があるのだ。それは、米国にも間もなくキャップ&トレードが導入されるに違いない。導入されれば、たちまちCO2排出は、規制を受ける企業にとっては「コスト」になるからである。つまり、CO2の排出量×トン当たりの価格(同行では20~40ドル)で計算されたものがコストになってくるからだ。実はこのことは、既にEUを始めいくつかの国では起きてしまったことである。
EUを見てみよう。現在、排出量の大きい約5000社の11,500事業所毎に、年間で排出しても良い枠(Allowances)が配られている。例えば、A工場=10万トン、B事業所=20万トンというように。もし、A工場が排出管理に失敗し、11万トン排出してしまえば、オーバーした分=1万トンについては、トン当たり100ユーロの罰金を払わなければならない。それがいやなら、排出量取引市場で不足分を買ってこなければならない(いま、市場ではトン当たり20数ユーロだ)。つまり、EUでは既に空気はタダではないのである。原則として、国から与えられた枠内でしか排出は許されない。無限に使える資源ではないのである。
更に驚くことがある。今年の1月に欧州委員会が発表した政策案によれば、2013年以降、企業が必要とする排出枠は、原則最初の1トンから自分でお金を出して買えとなるというのである。現在、各国政府が与える排出枠は、その多寡には不満はあるとしても、実はタダなのである。ところが、ポスト京都時代(2012~2020年)に入れば、競争入札を通じて自分が必要とするものは買うことになる訳だ。これが、いま世界で始まっている「CO2本位制」である。
CO2本位制とは筆者の造語である。その言わんとするとことは次の通りだ。かつて、世界は「金本位制」の下にあった。そこでは、各国が保有する金の量が通貨の発行量を規制していた。その通貨の大きさが最後は人間活動の大きさ、経済活動の大きさを規制していた。つまり、金の保有高が経済の大きさを決めていた。いま、その金本位制は歴史のかなたに消えてしまったが、今度は、金に代わる規制要因として、CO2の排出量が出てきたと見るのは言いすぎだろうか。CO2本位制の下では、きっと新しい価値観が生れるに違いない。いや、もう生まれているのである。
それはどういう価値観かというと、「CO2を出すのは、悪いことだ。CO2を減らすのは、良いことだ」というものである。出すのは悪いことだから「損」をする、罰金を払う、嫌われることになる。一方、減らすのは良いことだから、「得」をする、褒められる、歓迎されることになる。 いま、世界で、日本で、温暖化対策と称して新しい制度や規制が始まろうとしているが、それらのほぼすべてに共通するのがこの価値基準である。出すことを牽制し、減らすことを促進する。そのための、ムチとアメの使い分けが始まるのである。
このことは、間違いなく、ビジネス・ルールを大きく変えていく。次号で考えてみたい。
末吉竹二郎すえよしたけじろう
UNEP金融イニシアチブ特別顧問
東京大学を卒業後、1967年に三菱銀行(現 三菱UFJ銀行)に入行。1998年まで勤務した。日興アセットマネジメントに勤務中、UNEP金融イニシアチブ(FI)の運営委員メンバーに任命された。現在、アジ…
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