報道によれば、菅首相が鳩山前首相と会談し、「たとえ支持率が1%になっても辞めない」と言ったのだという。これを聞いて、多くの国民は「開いた口がふさがらない」かもしれない。支持率に「一喜一憂しない」とこれまで多くの総理大臣が口にしてきた。総理大臣や官房長官がそう答えるのは、内閣支持率が下がっているときだ。そしてそう答えた内閣は、ほとんど例外なく崩壊している。
もちろん支持率がすべて正しいなどと誰も考えてない。問題は、なぜ下がっているのかを政権の当事者が理解しているかどうかということなのだと思う。参院選のときの消費税増税発言、そして中国、ロシアの「攻勢」に有効に対応することのできない外交力、さらにこれまた唐突にTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)参加を打ち出して、農業団体などから反発を受けるや腰砕けになったこと。
いずれも菅首相がリーダーとして日本をどうしていくのかという強い姿勢が見えないところに国民の不満がある。たとえば消費税率を上げるという問題にしても、国の借金がGDP(国内総生産)のほぼ2倍に達するということを考えれば、増税は不可避だと思う。税金の無駄遣いをなくすのが先決という議論はある。民主党が野党だった時代には必ずそう言って増税に反対してきた。そして無駄遣いをなくせば20兆円ぐらいの財源はすぐに出てくる、と主張してきたのである。鳴り物入りで始まった事業仕分けが「打ち出の小槌」になるはずだったのに、結果的には全部合わせても2兆円前後の財源しか出てこない。そうであれば、さっさと見込み違いだったことを国民に謝って、財政を再建するには増税しかないことを訴えるべきなのである。それが国家百年の計を考えるということだと思う。
「強い経済、強い財政、強い社会保障」と言ってみたかと思えば、今度は「雇用、雇用、雇用」、そして最近は「第三の開国」だと言う。まるで目くらましのようである。これらのキーワードがどのように関連しているのか、それがいっこうに分からない(ひょっとすると菅首相にも分かっていないのかもしれない)。
もっとも日本の現状をどうしたらいいのか、それは誰も分かっていないという可能性もある。実際、経済学でも財政赤字が大きくなっても財政による経済の下支えは続けるべきという議論と、それはもはや持続不可能であるからむしろ財政再建の道筋を立てるべきだとする議論が真っ向から対立している。いまアメリカとイギリスがまさにこの世界的な「実験」をしている最中で、歴史的に見てどちらが正しかったのか分かるまでにはまだ相当の時間がかかるはずだ。
しかし日本にとって選択肢は少ない。先進国中最悪の借金を抱えながら、国の予算の半分以上をさらに借金で賄うということが持続可能とは思えない。しかも日銀が民間金融機関が保有する国債を買い取るということになると、結局は政府の財布は実は印刷機だということにもなりかねない。これでデフレを脱却したら、すぐ次に控えるのは超インフレということにならないのか、誰しも気になるところである。超インフレに移行する過程では、国債の暴落によって地銀を中心に銀行の収益が極端に悪化して、金融危機が発生する可能性すらある。
その意味では、菅政権の課題は決まっている。財政再建の道筋を示しながら、限られた予算を上手に配分して、経済を活性化させるか、なのである。大手企業を中心に民間にカネが余っているのは事実だが、それを国内に投資する機会をつくらなければ海外に流れるだけだ。そのためには規制撤廃や、税金による誘導をしなければなるまい。
問題は、こうした政策は国民からすぐには指示されないかもしれないということである。そうなれば支持率が下がる。しかしもし支持率が下がっても、なぜそれが必要なのかをていねいに説明すれば、理解してくれる人は徐々に増えるはずであり、それに従って支持率もやがて上昇するはずなのである。
国民を説得することに失敗すると支持率は下がるが、それは政治家としての資質に欠けるか、あるいはビジョンそのものがつじつまが合わないのか、どちらかだろう。首相が正しいことをやっているのに支持率が1%になるということは、歴史的経験から言っても、滅多にないことに違いない。その意味では、「1%になっても辞めない」などという発言は、国民がいちばん聞きたくないセリフだと思う。これで民主党に託していた希望がまた一段としぼんでしまったかもしれない。
藤田正美ふじたまさよし
元ニューズウィーク日本版 編集長
東京大学経済学部卒業後、東洋経済新報社にて14年間、記者・編集者として自動車、金融、不動産、製薬産業などを取材。1985年、ニューズウィーク日本版創刊事業に参加。1995年、同誌編集長。2004年から…
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