自らを泥鰌に例えた野田首相。その風貌や誠実そうに見える語り口が好感されたのか、当初の支持率は高い。とはいえ、当初の支持率が高いのは当てにならない。2006年の安倍内閣以来、すべての内閣は当初の支持率があっという間に落ちて、1年前後で退陣に追い込まれている。
それを意識してか、野田首相は国会答弁などで「安全運転」に終始しているように見える。その野田政権が妙にきっぱりしているのが「復興増税」である。先日の国会でも、復興については「現役世代が負担すべき」と明確に述べていた。たちあがれ日本の片山虎之助参議院議員が「900兆もある借金はそのままにして復興増税だけ現役負担というのは納得できない。バランスが悪い」と追及したのも理解できる。
野田総理は2020年までにプライマリーバランスで黒字にするという昨年の民主党の方針を堅持すると語っている。しかし欧州の状況を見れば、本当に2020年度に黒字化するという程度の目標でいいのかという疑問は抱かざるをえない。
ギリシャの債務危機に端を発するユーロ圏の危機は、ドイツが欧州金融安定基金(EFSF)の機能を拡充することを認めたことでいったんは落ち着きを取り戻している。しかしこれで問題が解決したわけではない。まず第一に、ギリシャの危機には対処できても、イタリアやスペインといった国がもし債務危機に陥れば(すでにその徴候は見えている)とても現在の安定基金の規模では間に合わない。
それに財政が悪化しているのは2008年のリーマンショック以来、政府が財政支出で経済を立ち直らせようとしてきた結果だ。だが、思ったように景気が回復せず、財政が苦しくなっているのが現状だ。アメリカも同様である。雇用が増えず、結果的に消費が増えない。消費が増えないと景気の本格回復はおぼつかない。先進国経済では個人消費がGDP(国内総生産)の6割から7割を占める。アメリカが必死に中古住宅の相場を押し上げようとしているのも、それがなければ個人消費が持ち上がらないからである。
そう考えてくると野田内閣の緊急課題は、東日本大震災の復旧・復興が第一だが、消費をいかに引き上げて景気回復の道筋を見つけるかということにつきるのだと思う。もちろん歴史的な円高への対処もしなければならない。それがなければ企業が海外へ移転し、その結果、国内の雇用は減るからである。雇用が減れば所得が減り、その結果、消費が減る。
日本の場合、それでなくても15歳から64歳という「生産年齢人口」が20世紀末から減り始めている。団塊の世代が引退することによって、この減り方はさらに加速される。この世代は、将来的な不安(老後の生活、医療や介護への不安)からなかなか貯蓄を切り崩して消費に回そうとしないと言われている。ということは生産年齢人口の減少が消費の減少に直結するということだ。
そうなったら企業はますます国内で投資をし、生産をする意欲を失うだろう。消費が減り、投資が減り、それを補うために政府支出を増やそうにも政府の財布は空っぽというのでは、それこそ八方ふさがりだ。このもつれた糸を解きほぐして何とか道筋をつけなければならないのだが、国会議員の定数削減もできず、公務員給与の2割カットもできず、事業仕分けはなし崩しになっているような状況を見ると、とても期待はできない。
その意味では、野田内閣は長くても来年の9月に行われる民主党の代表選まで復旧・復興を一所懸命にやるだけでいいと思う。その間に、医療費などの社会保障関連費用の増加をどうやって賄うのか、財政をどうやって再建するのかといった問題について、それぞれの政党がそれぞれの方策を国民に提示し、議論をすることが必要だ。そして来年の秋、国民の審判を仰ぐのが正道だ。
それぐらい思い切らなければ、結局のところ、来年度予算での支出カットもできず、マニフェストはずぶずぶに見直して、民主党自体が解体してしまうことにもなりかねない。日本の「幼稚な政治」はそこまで落ちなければ、立て直すこともできないと言うこともできるが、今の世界経済そして日本経済に、それを許すだけの余地があるとは思えないのも事実である。
藤田正美ふじたまさよし
元ニューズウィーク日本版 編集長
東京大学経済学部卒業後、東洋経済新報社にて14年間、記者・編集者として自動車、金融、不動産、製薬産業などを取材。1985年、ニューズウィーク日本版創刊事業に参加。1995年、同誌編集長。2004年から…
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