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2012年05月02日

小売りのイノベーション

前回のこのコラムで「まず変わることから始めよう」と書いた。自らが「変わる」という意思をもつこと、それこそがイノベーションの始まりである。イノベーションと書くと、ハイテクと連想する人が多いかもしれないが、それはまったく違う。さまざまな日常業務のやり方をちょっと変えたり、発想を少し変えたりするだけでも立派なイノベーションだと思う。

先日、ある大手家電量販店のウェブショップを利用した。名前を言えば誰でも知っている量販店、出店ペースは群を抜いている。この店を利用するのは初めてだった。テレビにつけるスピーカーを買うことを思い立ち、ネット上で価格を調べた。いちばん安かったわけではないが、お店はいつも利用しているし、信頼もあった。それに価格もリーズナブルだったので、そこに決めた。

会員登録やらクレジットカードの登録などはまあ他のところとたいして変わらない。注文して驚いた。まず出荷見込みの連絡が何もない。アマゾンでよく本を買っていて、在庫があってもなくても出荷見込みは必ず書いてある。出荷すればもちろんメールで連絡が来るが、そうでなくてもアカウントサービスというページに行けば、出荷の見込みやら配送状況などがチェックできるようになっている。

それに対して、この大手量販店のサイトで自分のページに入ると「出荷準備中」と書いてあるだけで、他には何もない。どうなっているのか注文して5日後に電話をしてみた。多くの人が経験していると思うが、こういった電話はなかなかつながらないものである。翌日、ようやくつながって事情を説明すると「お客様が注文された商品は入荷に通常2週間かかります」と説明された。

それだったらアカウントのページにそのように書いておいてくれれば、事足りる。そして注文して1週間ほどたってから「入荷が予定より遅れてあと3週間ほどかかる」とのメールが来た。やれやれだが、見通しが立てばそれはそれでよい。ところがそこから5日ほどしたら今度は「出荷した」とのメールが来た。

このとき、もう二度とこのウェブショップは利用しないことに決めた。スピーカーも手に入ったし、それも比較的安く買えたのに、なぜ二度と利用しないことにしたのか。理由は単純だ。このウェブショップはネットショッピングの基本を心得ていないからである。

ネットショッピングの最大の利点は、情報が双方向に流れるところにある。つまり販売側は顧客にいつでもアプローチする、情報を流すことが可能である。単純なコンピュータ操作だ。そして決まっている情報をコンピュータから迅速に流すことが顧客に安心感をもたらす。「注文を受け付けました」「お届け予定日はいつ頃です」など自動的に送るシステムはいろいろある。

そしてある注文に関わる情報は、担当者からメールで連絡させるようにすればいい。それでは人手を食うという反論もあろうが、顧客の信頼を得るという成果もあるので安いものだと思う。僕が利用したこのウェブショップには、顧客を安心させるこうした仕組みはほぼゼロだったし、納入日時をめぐる混乱は、情報処理がうまく行っていないことを伺わせる。

これではアマゾンに勝てないことは明白である。そしてアマゾンは本だけではなく、生鮮食品以外は何でも売っていると思えるぐらい商品を増やしている。しかもアマゾンが場所を提供し、他の販売店が販売する場合もある。その場合も、少なくとも表面上は、アマゾンが責任をもって処理している形になっている(実は、アマゾンに出品している業者との間でトラブルになったことがないので、いざという場合、どこまでアマゾンが責任をもって処理するのかはよくわからない)。

高齢化する日本の消費者にとって、ネットショップはまだあまり馴染みがないのかもしれないが、便利なツールであることは間違いない。注文すれば場合によっては翌日届く仕組みは驚きですらある。

問題は、冒頭のウェブショップのケースに見られるように、アマゾンという先駆者が行っているサービスの足下にも及ばないようなシステムで、日本の最大手の量販店がサービスを提供していることにある。この量販店は対面販売では経験が豊富でも、ネット販売はまるで素人同然だ。

何が足りないのかは明らかである。対面販売については、お客をいかに引きつけるか、ノウハウをどうやって積み上げるか、それこそ泥くさいことを賢明に研究しているのに、ネット販売でお客が何を感じるかを何も研究していないように見えることだ。

路面店を展開して売り場面積を拡大するのもひとつの成長戦略には違いない。しかしそれは他店との果てしない値下げ競争でもある。もちろん値下げするノウハウもイノベーションなのだが、そこからさらに先に進もうと思えば、新たなイノベーションが必要である。ネットがその有力な道具であることは、楽天やアマゾンが証明した。そして団塊の世代が「前期高齢者」に差し掛かっているということは、このネットでの販売がさらに増えるということでもある。

そこに乗れるか乗れないかは、小売店の将来を大きく左右することになるだろう。もちろんネットがすべてではないから、逆に路面店の在り方を追求するのという戦略もありうるが、果たして量販店でその戦略が長く通用するとは思えない。

小売りにおける新しい業態を開発すること、それも重要なイノベーション。そのイノベーションをしてきた日本の家電量販店も、次のイノベーションに向けて準備ができているように見えないのが残念だ。

藤田正美

藤田正美

藤田正美ふじたまさよし

元ニューズウィーク日本版 編集長

東京大学経済学部卒業後、東洋経済新報社にて14年間、記者・編集者として自動車、金融、不動産、製薬産業などを取材。1985年、ニューズウィーク日本版創刊事業に参加。1995年、同誌編集長。2004年から…

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