7月21日に投開票される参議院選挙。ほぼ間違いなく安倍政権の与党である自公が勝って、非改選議席と合わせて参議院でも多数派となる。民主党は昨年暮れの衆議院選挙、東京都議会選挙に続いて大敗する。有権者が自公に積極的に信認を与えるわけではない。日本を立て直すのに有効と思われる政策を打ち出す政党がないから仕方がないというのが本音といっていいだろう。
しかし自公にとっては、これから待ち受けるのは茨の道だ。参院で過半数を制したら、まっさきにやらねばならないのは「痛みを伴う政治」だからである。たとえば来年春に予定されている消費税の引き上げ。これは安倍首相の支持率がたとえ大幅に下がっても、やらなければならない。景気が回復していないという言い訳は通用しない。なぜなら来年春の景気回復が見通せないならば、それはアベノミクスの失敗を意味するからである。つまり、金融緩和と財政出動による「期待への働きかけ」で矢が尽きたということだ。
もちろんそれだけではすまない。消費税が10%に引き上げられた段階でもたらされる国税収入は約10兆円程度。基礎的財政収支の赤字が23兆円ぐらいだから、半分も埋まらない。しかも社会保障関連費は毎年1兆円以上純増する。医療費、介護費、年金などである。
この社会保障関連費用は総額で年間100兆円を超えているが、そのうち国税や地方税から支出される分はだいたい40兆円ぐらいだ(国の支出分だけだと28兆円程度)。1000兆円にも及ぶ国の借金を減らそうと思えば、この社会保障関連費に手をつけなければ、支出を減らすことなどできないのである。
よく公務員の人件費というが、国家公務員の人件費は5兆円ほど。たとえ2割削っても1兆円しか浮かない。公共事業も6兆円程度だし、防衛費も5兆円もいかない。最大の支出項目である社会保障関連費の削減に手を付けずに、国の借金を減らすことはおろか借金が増えるのにブレーキをかけることさえできないのである。
人口の塊である団塊の世代は、いまや前期高齢者になった。この人たちが後期高齢者に入り始めるのが、2022年。そこから医療や介護の費用が激増することが予想されている。そこまでに制度を変えなければ、社会保障費用の重みで押しつぶされてしまうかもしれない。
日本の政治はこれまでこの状況に対してあまりにも「無能」だった。たとえば70歳から75歳の老人医療費の自己負担分は本来2割であったのに、それを1割にしてわざわざ赤字を増やしてきたのは昔の自公政権である。民主党も2割に戻すとは言ったが、とうとう実現しなかった。本来の2割に戻すことで節約できる分は2000億円程度だが、こういうことを国民に向かって率直に話し、理解を得るのが政治家の仕事なのである。衆参のねじれがなくなったとき、この政治の本来の課題が自公政権に肩にずっしりとかかってくる。
忘れてならないのは、自公政権がこれを先延ばしする余裕はないということだ。日銀がいくら金融を緩和しても、政府の財政赤字をファイナンスしているだけだと判断されれば、麻生財務大臣がよく言うように「日本の国債の信認が薄れてしまう」のである。そうなったら、国債は市場で売り叩かれ、結果的に長期金利が上がることになるだろう。長期金利が上がってしまえば、アベノミクスは崩れる。なぜなら国債を大量に保有している金融機関では巨額の評価損が発生し、その分、金融機関は貸し剥がしや貸し渋りに踏み切ることになるからだ。そうなったら、財政基盤の弱い中小企業から倒産する可能性が高い。もちろん景気は大打撃を受けるだろう。
こうした国民に痛みを納得させる政策を安倍政権が実行できれば長期政権になるだろうし、できなければ、有権者あるいは市場からノーを突きつけられる。どちらにせよ、安倍首相には覚悟がいる話なのだが、それだけの覚悟が首相にあるだろうか。その答えは恐らく年内にある程度出るだろう。残された時間はそれほどないのだから。
藤田正美ふじたまさよし
元ニューズウィーク日本版 編集長
東京大学経済学部卒業後、東洋経済新報社にて14年間、記者・編集者として自動車、金融、不動産、製薬産業などを取材。1985年、ニューズウィーク日本版創刊事業に参加。1995年、同誌編集長。2004年から…
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