日本だけの事情で言えば、消費税増税をどうするのか、アベノミクス第1の矢、第2の矢の「出口」をどうするのか、第3の矢をどう実 現するのか、社会保障改革(給付削減)をどう実現するのか、が当面の課題である。もちろんこれだけでも巨大な課題であり、時間はもちろん強いリーダーシッ プ(あるいは数人の総理大臣)が必要だ。それでも周りを見回すと、もっと大きなリスクがある。もしこのリスクが顕在化したら、消費税の話など吹っ飛んでし まうかもしれない。
中東では、アメリカがシリアを攻撃することになる可能性が高い。少なくともオバマ政権はその方針を固めた。 シリアのアサド政権が化学兵器を使って多数の自国民を殺害したことに対する制裁なのだという。誰であれ、大量破壊兵器を使うことは許さないというメッセー ジだとオバマ大統領は主張する。ただ議会に諮るとしているため、攻撃が始まるとしても9月第2週以降の話だ。
この動きを受けて株式市場は神経質になり、原油相場は高騰した。シリア攻撃の正当性、すなわちアサド政権が 本当に化学兵器を自国民に対して使ったのかどうか。問題の一つはそこにある。すでにロシアのプーチン大統領が国連に対して証拠を開示するようアメリカに要 求した。しかしもう一つ問題がある。この攻撃によってアサド政権が弱体化し、倒れたら、その後のシリアはどうなるのかということだ。エジプトの例を見ても 分かるように、「アラブの春」は決して一筋縄でいくような話ではない。独裁者との戦いを「民主化」という概念でひとくくりにすると、判断を誤る。世俗化し た先進国と違って、宗教が大きな力をもつからである。
アサド大統領なき後のシリアがイラクやエジプトのようにいっこうに安定せず、イスラム過激派が力をもつよう になったとき、世界のエネルギー源である中東はどうなるのだろう。もちろん原油は高騰するはずだ。シェール革命に沸くアメリカは、中東へのエネルギー依存 度が下がっているから影響は相対的に小さいかもしれないが、欧州やアジアは大打撃を被る。とりわけエネルギーの大消費国である中国やインドは苦しむだろ う。しかもこの状態が悪化するのか、改善するのか、イランやイスラエルというプレーヤーまで考えるとあまりにも複雑で、先が読みにくい。
日本はアメリカやロシアなどからエネルギーを輸入しようとしている。供給源の多様化という意味では正しい方向に向かっているが、それが実現するのは早くても2018年ごろの話だ。それまでは石油の80パーセント強、ガスの30%が中東からやってくる。価格の問題だけならまだいいが、もしシリア問題がイスラエルやイランに飛び火すると、供給不安まで起こるかもしれない。その時になって慌ただしく原発を動かすという選択になるのかどうか。それこそリスクマネジメントを考えておかなければなるまい。
日本にとってもう一つ大きなリスクになるかもしれないのは、新興国経済だ。すでにインドネシアやインドの通貨が大幅に下落している。アメリカの景気が回復しつつあることを背景に、米FRB(連邦準備制度理事会)が金融超緩和を縮小しようとしているからだ。リスクを避けようとする投資家が、新興国から資金を引き揚げ、1997年のアジア金融危機が再来するのではないかとさえ言われている。
加えて中国ではいわゆるシャドーバンキングがどうなるか、注目されている。フィナンシャルタイムズ紙によれば、GDP比で見ると、中国はどの新興国よりも巨額の債務を抱えている。民間企業、個人、政府の債務の合計額はGDPの2倍だ(ちなみに日本は政府の借り入れだけで2倍を越えている)。しかも2010年以降は、借り入れ需要をシャドーバンキングで賄ってきた。その残高は一説には500兆円を超えるとも言う。500兆円と言えば、日本のGDPを上回るような金額だ。これが一気に不良債権となるわけではないが、不動産価格の値下がりでもあれば、今までの均衡が崩れることは明らかだ。
公正を期すために言えば、この中国の問題について、「そう大きな問題にはならない」と断言する専門家も少なくない。確かに、人口が13億人もいて、 成長の余地はまだ大きく、製造業の競争力も、以前ほど圧倒的ではないにしてもまだ高いということが言える。ただこのバブルのツケの問題と、社会的不公正す なわち汚職の問題がいっしょになると、社会不安がさらに大きくなるのは間違いあるまい。それではなくても年間数千件と言われる暴動を当局がコントロールで きなくなるかもしれない。
そして中国がこの状態になったら、それこそ日本経済も大きな影響を受ける。このような事態の影響を緩和するためにはどうすればいいのか、それこそ日本がいま考えておかなければならないことだ。消費税を上げるかどうかばかりに目を奪われていてはならないと思う。
藤田正美ふじたまさよし
元ニューズウィーク日本版 編集長
東京大学経済学部卒業後、東洋経済新報社にて14年間、記者・編集者として自動車、金融、不動産、製薬産業などを取材。1985年、ニューズウィーク日本版創刊事業に参加。1995年、同誌編集長。2004年から…
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