新年度になった。今年最大の注目点は、6月に発表される予定の「第三の矢」がどの程度説得力があるのかということだ。説得力とは、外国の投資家を納得させることができるかどうかということである。
もしここで外国の投資家を説得できないと、日本経済にとっては相当辛いことになると思う。それは日本の「稼ぐ力」が衰えているからだ。日本は資源を輸入し、それを加工して輸出する。それによって資源を輸入するのに必要な外貨を稼ぐ。長い間、この構造で日本経済は成り立ってきた。
しかし2011年を境にそれが大きく変化している。その年、東日本大震災に襲われた日本の産業は、サプライチェーンがずたずたにされ、結果的に十分な生産をすることができなかった。さらにタイで大洪水が発生し、日本の工場が大きな被害を受けた。この二重の災害によって、この年、日本の国際収支が大きく変わった。貿易収支が32年ぶりに赤字になったのである。
これは日本経済にとって大事件だったが、二つの理由で「軽視」された。一つは、貿易赤字は一時的なものと見なされたことである。企業の海外進出によって黒字は縮小していくという構造的変化はあるにせよ、この2011年は震災という特殊事情があったからである。サプライチェーンの問題に加えて、原発の停止でLNGの輸入が急増しているという問題もあった。もう一つは、たとえ貿易赤字があっても、所得収支(日本企業などが海外に投資したその配当や利息などの収入)が大幅な黒字だったことである。
もしすべての収支を合計した経常収支まで赤字になったら、それこそ大騒ぎだったろうが、そこまではまだ余裕があると考えられていた。ところがその楽観論という「惰眠」を打ち破ったのが昨年の国際収支である。貿易赤字は何と10兆円を超え、所得収支の大幅黒字と合わせても、わずか3兆円を上回る程度の黒字しか稼ぐことができなかったからだ。
しかもこの1月、日本の経常収支は赤字だった。4カ月連続である。このままで推移すれば、もちろん年間を通して赤字ということになる。今のところそこまで悲観的な見方をする人はごく少ない。それでも2020年ごろには経常収支も赤字になるとするエコノミストもいる。
経常収支が赤字になると、政府が資金を調達するのが容易でなくなる可能性がある。国際収支が赤字になるということは、財政収支の赤字を自力でファイナンスすることができないということを意味するからだ。乱暴な言い方だが、アメリカのように「国際通貨ドル」を刷っている国は、経常赤字と財政赤字という双子の赤字でも耐えられるかもしれないが、日本などはそうは行かないということだ。
そうすると外国の投資家に財政のファイナンスを仰がざるをえなくなるが、現在のような1%にも満たないような金利で10年もカネを貸してくれる状態が続くとは思えない。大げさに言ってしまえば、日本という「超優良国家」がギリシャ化に向かって坂道を転げ落ちるということである。現象的には、日本の国債が売られ、長期金利が上昇する。もちろん景気への悪影響が出るだろうし、何と言っても日本国債を保有している金融機関は巨額の評価損を抱えることになる。下手をすると金融機関の破綻ということもありうるだろう。
そうならないためにどうするのか。当面の課題で言えば、第三の矢にしっかりした内容を盛り込むということだ。民間の活力を引き出すための特区はもちろん、長期的には、イノベーション力を引き上げるための教育や研究開発の強化、大学の国際化も必要だろう。
前向きの話だけではない。もう一つ重要なのは、やはり財政再建なのである。予算の合理化はもちろん、膨らみ続ける社会保障関連費用をどうするのか、それが非常に重要な課題だ。この4月から70歳以上75歳未満の老人の医療費窓口負担を引き上げることになった。引き上げるというよりは、もともと2割負担のはずだったものを当時の自民党が票を失うことを恐れて1割に負担にしてしまったという敬意がある。
1947年から49年にかけて生まれた団塊の世代(かくいう私もその一人だが)が75歳を迎えるころには、間違いなく医療費や介護費が急増する。その負担をどうするのか。実は答ははっきりしているのである。自分で負担できる人には負担してもらうことと、給付の制限を行うことだ。そう書くと、いろいろな反発を受けるだろうが、実際のところそれしか手は残されていないと思う。すでに社会保障関連費は国債関連費用を除いた予算の4割以上を占めている。ここに触ることなく、財政再建するというのは画餅に等しい。そしてそれを実行できるのは、支持率の高い内閣があるときだけだ。その意味で、安倍首相はこの問題に手をつけなければならない。集団的自衛権やら憲法改正よりはるかに日本の将来を左右する問題であるからである。
藤田正美ふじたまさよし
元ニューズウィーク日本版 編集長
東京大学経済学部卒業後、東洋経済新報社にて14年間、記者・編集者として自動車、金融、不動産、製薬産業などを取材。1985年、ニューズウィーク日本版創刊事業に参加。1995年、同誌編集長。2004年から…
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