世界経済は、大きなリスクに直面している。そのリスクが現実のものになるかどうかはわからないが、少なくとも不意打ちだけは避けたほうがいいだろう。
最大のリスクはウクライナ危機だ。ウクライナ東部を中心に、親ロシア派が行政府の建物などを占拠し、自治権の拡大などを求めて、徹底抗戦を叫んでいる。ウクライナの暫定政府は武力鎮圧しようとしているが、東部ではほとんど成功していない。地元警察が信用できない上、親ロシア派がかなり重武装しているからだ(ウクライナの暫定内務相は「迫撃砲もある」と語った)。現にウクライナ軍はこれまでにヘリコプターを3機撃墜された。
すでに双方で死者が出ているが、もしウクライナ軍がそれでも強行突入を図れば、一般市民も含めて多数の犠牲者が出ることになるだろう。ウクライナとロシアの国境にはロシア軍4万が集結している。ロシアにとって軍事介入というのはリスクの大きい選択であるため、そう簡単に介入はしないだろうが、特殊部隊の潜入や武器の供給は続けるはずだ。ロシア国内で支持率が急上昇しているプーチン大統領にとって、いつ引くかは難しい決断になる。
軍事的リスクは別にして、経済的なリスクもある。ひとつはウクライナの債務問題、そしてロシアからのエネルギー供給が途絶えた(あるいは細った)ときの欧州経済、さらにロシアの成長率が急落したときの世界経済への影響だ。もう一つ、世界最大級の石油・ガス供給国からのエネルギー供給に支障が出たときに、エネルギー価格がどうなるかも気になる。
ウクライナの債務については、日本も含めて欧米が支援することになっている。その意味では少なくとも今年ウクライナが返済不能に陥る可能性は小さいのかもしれない。しかし欧米にとっては、2010年ごろから大問題になっていた南欧などの債務危機にウクライナという政治的に微妙な国が加わることになる。ヨーロッパの債務問題もまだ完全に終わったわけではなく、火がくすぶっているような状態であるだけに、慎重な取り扱いが必要だ。
経済的に大きなリスクの軸はエネルギーだ。ロシアは欧州にとって大事なエネルギー源。ドイツなどはロシア産のガスが全体の約3分の1を占める。もちろんこのガスをロシア産から中東産、あるいはアメリカ産などに切り替えることは可能だ。しかし実現するには相当の時間とコストがかかるだろう。中東やアメリカから運んできたガスを配送するには、液化天然ガスを陸揚げする設備やそれをガスとして送り出す設備が港に必要だ。その整備には2年や3年の月日がかかる。しかしロシアからパイプで直接送られてくるガスに比べると、間違いなくコストは大幅に高くなる。それはまだ回復軌道に乗りきれない欧州経済にとって大きな重荷になることは間違いない。
欧州経済がもし、ウクライナ危機をきっかけに回復軌道から脱線するようなことになれば、世界経済の安定性は大きく損なわれることになるだろう。中国経済のスローダウンは間違いなく加速されるだろうし、中国が鈍化すればせっかく回復軌道に乗ったように見える日本も無傷ではいられない。
もちろん欧米から経済制裁を受けているロシアには、すでに影響が出始めている。今年の成長率見通しは当初、IMF(国際通貨基金)も3%程度を見込んでいた。しかしロシア中銀はすでに0.5%程度に落ちると大幅に下方修正した。通貨ルーブルの下落に伴って、輸入品が値上がりし、それもあってインフレ率が高くなっていることを背景に、景気がわるくなっているのに、この2月ほどでロシア中銀は政策金利を2%ポイントも引き上げた。これでルーブルが落ち着くかどうかはわからない。というより、ウクライナをめぐって欧米とロシアが鋭く対立している中では、金利引き上げは通貨を安定させることに役に立つまい。その意味では、ロシア経済は追い込まれているということができる。
そうなると心配なのがエネルギー価格である。ロシアが経済を安定させようと思えば、ガスや石油の輸出価格を上げるか輸出量を増やすしかない。石油はともかくガスについてはロシアの支配力が大きいだけに、価格がどうなるかは気になるところだ。そしてエネルギー価格の上昇は、先進国、新興国の隔てなく、経済に大きな影響を与えるのである。
藤田正美ふじたまさよし
元ニューズウィーク日本版 編集長
東京大学経済学部卒業後、東洋経済新報社にて14年間、記者・編集者として自動車、金融、不動産、製薬産業などを取材。1985年、ニューズウィーク日本版創刊事業に参加。1995年、同誌編集長。2004年から…
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