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コラム 政治・経済

2015年06月01日

いまそこにあるイノベーション

日本が「いけいけドンドン」という社会ではなくなってすでに25年という歳月が流れた。だから企業経営者の人たちとお話をすると、必ず「どうすれば生き残れるのか」という主旨の質問を受ける。それが本当に分かるのだったら、私自身が経営者になれば大成功するのだろうが、そんな自信はもとよりない。

しかしいくつか言えることがあると思う。ひとつは、イノベーションは別に技術と関係ないということだ。とかくITやその他の技術を使ってイノベーションを起こすということに目を奪われがちだが、それはおそらく発想が逆だと考える。

たとえばアップル。いまやiPhoneという5万円前後の「消費者家電」を主力とするのに、株価時価総額では世界トップだ。GEやエクソンモービルといったそうそうたる会社を尻目に今年4月時点でダントツの1位である。アップルをここまで押し上げた理由は何か。それは紛れもなく、技術ではなく、商品企画だった。創業者でアップルを世界最大の企業に飛躍させ、すい臓ガンで倒れたスティーブ・ジョブズの天才的な企画力である。

自分がどういう商品が欲しいかを想像するジョブズの能力はずば抜けていた。デスクトップパソコンのiMacから携帯音楽プレーヤーであるiPod、タブレット端末という新しいジャンルを切り開いたiPad、そしてスマホの先駆けとなったiPhone、とりわけiPod以降はすべて爆発的なヒット商品となった。

そしてそのジョブズを突き動かしていたのは、「自分はこういう商品が欲しい」という情熱である。それを作れるだけの技術が自社にあるかどうかは関係ない。世界のどこからでも必要な技術があれば買ってくればいい。それがジョブズの考え方だ。その意味ではアップルはメーカーというより企画会社と言っても過言ではない。

多くのメーカーに欠けている(少なくとも十分とは言えない)のはこの商品企画力なのだと思う。テレビやレコーダーのリモコンはどの家庭でも2つや3つ転がっているだろう。似たり寄ったりの外見、共通点と言えばボタンがやたらにあって、チャンネルや音量を操作する以外のことをしようと思うとなかなか大変だ。しかもメーカーごとにボタンに与えられた機能がいろいろ変わり、ボタンの位置さえもさまざまだ。これをメーカーが集まって解決しようと思っても時間の無駄だと思う。すべてのメーカーがびっくりするような簡単なリモコンを開発すれば、それは爆発的にヒットする。つまりそのメーカーのテレビやレコーダーが売れるのである。

イノベーションはメーカーに限らない。ヤマト運輸の宅急便という言葉は宅配サービスの代名詞になっている(かつてはソニーのウォークマンがヘッドフォンステレオの代名詞となって世界を席巻したことがあった)。しかし最初にヤマトがこのサービスを始めたときは業界では冷ややかな目で見られた。その当時、運輸といえば、東京と大阪など大都市間を結ぶ路線を運行する日通を始めとする大手が牛耳る世界だったからだ。宅配などという手間ばかりかかって儲からないサービスを始めたヤマトの気持ちは理解されなかった。

しかし宅急便の需要は急増する。それまで個人が小包を送るというのはそれなりに大変だったからだ。包装の仕方はうるさく、荷札を何枚つけろとか縄のかけ方が緩いとか、郵便局の窓口でよく文句をつけられた。そこにヤマトの目のつけどころがある。荷物をいかに簡単に個人から個人に送るのか、それを企業に展開したらどうなるのか。そこにヤマトの苦労もあったが、快進撃の芽もあった。

そしていまヤマトは通信販売に参加している中小企業の組織化に乗り出している。中小事業者にネット通販のためのシステムを提供し、注文から配送の時間を短縮しようというのだ。すでにヤマトは中小事業者のクレジット決済も代行して、その荷物の宅配を請け負っていた。大手の通販会社には入らないような中小企業もネット通販が手軽に利用できるようになれば、ヤマトの市場シェアはさらに膨らむだろう。こういった事業拡大は、いかに売り上げを伸ばし収益を稼ぐかという企業目線よりも、こういうサービスが欲しいという消費者目線から考えることが重要なのだと思う。

その気になれば、ビジネスのタネはいっぱいある。高齢化が進めば、高齢者世帯が欲しいと思うようなサービスもまだまだあるだろう。その高齢者世帯を頭数だけでとらえてビジネスを考えれば、失敗するリスクは高い。高齢者は自分たちを市場という名前で一括りにして欲しくないからだ。消費者目線で商品やサービスをイノベートすることができるかどうか、それが企業の命運を分けると思う。

藤田正美

藤田正美

藤田正美ふじたまさよし

元ニューズウィーク日本版 編集長

東京大学経済学部卒業後、東洋経済新報社にて14年間、記者・編集者として自動車、金融、不動産、製薬産業などを取材。1985年、ニューズウィーク日本版創刊事業に参加。1995年、同誌編集長。2004年から…

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