世界最大の自動車メーカーとして長い間君臨していた米GM(ゼネラル・モーターズ)が日本で言えば民事再生法にあたる連邦破産法11条を申請した。クライスラーに続いての申請である。これでビッグ3のうちの2社が事実上の倒産をしたことになる。
デービッド・ハルバースタムがアメリカの自動車産業の本、『覇者の驕り』を書こうと決めたのは1980年だった。当時、石油ショックのあおりを受け、アメリカの自動車産業は大きな打撃を受けていた。そこに登場したのが燃費のいい日本車である。
この本の前文にこうある。
「アメリカの自動車産業は、その絶頂期において市場を共有する独占企業となり、その内部に自らの混乱の種をまく結果を招いた。保護された市場の内部では利益が最優先され、新しい発明を試みる社内の革新派は、会社にリスクをもたらすものとして軽蔑された」
つまり企業として、常に前進していく姿勢を忘れ、国内市場に安住していたというのである。これが1980年当時の姿である。石油価格の高騰を背景に、ビッグ3も燃費のいい小型車をつくろうとしたり、日本のメーカーと提携したり、いろいろ努力をした。それは事実である。しかし外から見ているかぎり、努力は十分ではなかった。小型車を長期的に育てようという姿勢はまったく見えなかった。それも無理はない。価格が高騰したガソリンは、落ち着きを取り戻していたし、大型車の売れ行きが戻ってくれば、採算性は圧倒的に大型車のほうがよかったからである。GMが軍用車ハンビーを一般向けに改良した「超大型」SUVを販売していたのは記憶に新しいところである。
さてビッグ3の時代は明らかに終わった。それではこれからトヨタやホンダの時代になるのだろうか。これは日本のこれからを占う一つの大きな要素でもある。
トヨタやホンダはハイブリッド車で先行しており、それが今の時代にフィットしていることは間違いない。しかしこれからもトヨタやホンダが世界の自動車産業をリードしていける保証はどこにもない。内部の革新派の力を削いではならないのである。
たとえばなぜアップルのiPodを日本のソニーがつくることができなかったのか。日本の企業はそこを突き詰めて考える必要があると思う。ソニーはトランジスタラジオで一躍頭角を現し、そしてウォークマンで一つの時代を築いた。音楽を簡単に外に持ち出すという発想を世界で初めて実現したのはソニーだった。カセットテープがCDになり、そしてMDになったものの、ハードディスクを使って携帯音楽プレーヤーをつくるという意味では、ソニーはアップルに2年も遅れている。
ずいぶん昔の話だが、アップルのスティーブ・ジョブズにインタビューしたとき、パソコンの将来を問われて「ネットワークにつながる道具はパソコンだけではないし、パソコンが主ということにもならない」という主旨のことを言っていた。そのときはよくわからなかったが、今となって携帯がこれだけネットにつながり、かつ財布がわりにも、金融の端末にもなる時代になれば、ジョブズの言いたかったことがよくわかる。
日本の家電メーカーや自動車メーカーは、時代を先読みすることにかけては本当に世界の中でも優れているのか。これからの日本の将来を決める一つのカギはここにある。日本という国のイノベーション、企業の中のイノベーションの芽を、経営者は摘んでしまっていないのだろうか。
景気の底入れが見えてきたのが事実だとしても、それで日本経済が元の姿に戻るわけではない。日本の場合は、今回の景気後退は循環型ではなく、むしろ構造的な問題をはらんでいるからである。その障壁を打ち破るのは、発想のイノベーションしかないと思うが、どうだろうか。
藤田正美ふじたまさよし
元ニューズウィーク日本版 編集長
東京大学経済学部卒業後、東洋経済新報社にて14年間、記者・編集者として自動車、金融、不動産、製薬産業などを取材。1985年、ニューズウィーク日本版創刊事業に参加。1995年、同誌編集長。2004年から…
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